あかいねじ

感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

大森望編『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』感想

肝心な問題があと一つ——ジュディなのか、ダーリーンなのか。

読んだ。

時間SFは好みだ。テッド・チャンからSFに入った身としてはスペース・オペラサイバーパンクよりもこちらの方に馴染みがある。『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』は時間SF傑作選と銘打たれているのでかなり期待して読んだ。

商人と錬金術師の門

テッド・チャンによるアラビアン・ナイトを再構成したSF。緻密な構成と語り、テーマの一致が読者の心を打つ。幾重にも語られる物語は本家の千一夜物語を想起させながらもテーマである時間のループ構造とも重なり読者も物語の螺旋に囚われてしまう。話はある男が過去と和解する素直なものだが、その背景にある無情な物理的世界とそれに立ち向かう信仰の力がこの上ない形で語られる。技巧と抒情と科学と主題の幸せな融合。オールタイム級の傑作だ。

限りない夏

凍結者と呼ばれる未来からの旅行者たちが装置を用いてある瞬間を静止させる、と言う設定のSF。主人公は恋人にプロポーズした瞬間に凍結され、それから三十年後に一人で意識を快復する。永遠になった一瞬の美しさみたいなものを描きたいのは分かったが、物語も設定もその為だけに作られている感じがあって、好みに合わなかった。『永遠の夏の日』にタイトルが似ている。原題は全然違うけど。

彼らの生涯の最愛の時

いずれにせよ、マックドナルドのような店が全く存在しない世界は想像しがたい。したがってマックドナルドはジョナサンのタイムマシンになる!

ふざけ倒したバカSF。理想の愛を実現するために、セックスの刺激で絶命してしまった相手に、時間を遡って会いに行く。筋書きからしてなにかがおかしい。マックドナルドはマクドナルドですらないし、そもそもハンバーガー屋で時間遡行するというアイデアが常人離れしている。どういうこと?

去りにし日々の光

そこを通った光を閉じ込めることで過ぎ去った過去をガラス越しに眺めることができる、スローガラス。夫婦仲の冷え切った主人公は妻と連れ立ってスローガラスを売る男に話かける。家の中に見える幸せそうな母子はスローガラスに閉じ込められた光の名残りだった。

過去の愛に縋って生きる男の痛々しさが切ない。主人公たちは望まぬ妊娠をきっかけに険悪な仲になっているが、最後のシーンで主人子は妻を愛おしいと感じている。人と愛の儚さを透かし出すスローガラスが美しい。こういうオブジェは好きだ。私は結構ガラスとか光る物が出てくる話に弱い。ディレイニーとか。

時の鳥

時間旅行もの。アレクサンドリアの大図書館を見に行った学生が見たのは、自分が想像していたのとは全く別のものだった。

過去について「主観的な過去」と「客観的な過去」に分けているというのは面白いが、ところどころ粗が見えなくもない。「主観的な過去」が自分の(あるいは人々の)妄想に過ぎないのならそれは過去とは呼べないだろう。

世界の終わりを見に行ったとき

世界の終わりみたいな短編(褒め言葉)。「時の鳥」が過去への時間旅行なら「世界の終わりを見に行ったとき」は未来への旅行。世界の終わりを見てきた面々がその話をする。時間旅行に行った登場人物たちが見た世界の終わり方はそれぞれに食い違っていて……というと「時の鳥」っぽいが、本作はむしろ話の合間に挟まる日常が物騒すぎるのが笑いどころ。終末見に行ってる場合じゃないよ。核とか汚染とかいう言葉がひっきりなしに出てくる。シュールだ。そういうスラップスティックもの。

昨日は月曜日だった

月曜日に眠ったハリーが目を覚ますと水曜日だった。世界の舞台裏に迷い込んでしまった男の話。マネージャーが何物なのかは想像がつくかもしれない。日常の裏で行われる甲斐甲斐しい努力に思わず笑ってしまう。時空が舞台でその裏方へと迷い込んでしまった俳優。奇想SFらしい楽しさがある。

旅人の憩い

時間の流れが場所によって違うという設定のSF。重力とか加速度とかで説明はされず、そういうものだとして話は進む。序盤は激しい戦闘シーン。もっとも時間の流れが遅い場所で戦いは進む。はじめは秒区切りの表現が目立つ。主人公は〈解任〉されて時間の流れが速い銃後の世界に移動するが、それにともなって表現の時間スケールものびやかになるのが面白い。昇進した。結婚した。子供ができた。記述の密度の違いに注目して読んでも楽しめるのではないか。最後に前線に呼び戻されることになり、(やや唐突な)オチが付けられる。

いまひとたびの

記憶を残したまま幼少時代に戻るSF。リプレイという名前がついているらしい。本作は編者がそのはしりとして選んだ作品。オリジナルの時点でかなりそれらしく完成していたんだなあという気持ちになる。今でも楽しめる作品というよりは古典にあたるという気持ちが強かった。

時間と意識の関係でタイムトラベルをするというネタがよく出てくる。昔はそういうのが流行ったのだろうか(私が初めて見たのは小林泰三の「酔歩する男」でした)。

12:01PM

同じ一時間を繰り返すことになった男の話。男だけが意識を持ってループを体験しており、一時間のループ自体が時の牢獄のように感じられる。ただ一人取り残された男の孤独と絶望が心に迫る。「世にも奇妙な物語」にありそう。

しばし天の祝福より遠ざかり……

これもループもの。一時間ではなく一日をループする。ただし700万年。宇宙の高位存在の要望によって朝の二時間を除いて同じ演劇を繰り返し続けることになった人類。主人公は決められた筋書きに反逆しようと決意する。

夕方、早く

ループ。ループ?一日の流れが繰り返しているのは間違いない。ただその流れというのが奇妙で、朝は中世、昼は工業革命、夜は現代と人類史をなぞるように世界が変化するというのだ。このループは実は螺旋のようになっていて、ループは人類史を遡る。主人公は最後はキツネザルになり、その思考は一瞬の煌めきとなって消える。どういうこと?

ここがウィネトカなら、きみはジュディ

ジュディはヒロインではない。タイトル詐欺か?自分の人生の時間軸を行ったり来たりする体質の主人公。『スローターハウス5』が引き合いに出されているが、グレッグ・イーガンの「貸金庫」を思い起こした(順番が逆というのはその通り!その通り!)。同じ体質の女性、エレーンを見つけ、不可避と思われていた未来を書き換えるハッピーエンド。


傑作には二種類あり、後世に多大な影響を残したものとそれ自体が一つの金字塔となって残り続けるものがある。前者は今から見ると色褪せて見えるかもしれない。そんなことを思った。

「商人と錬金術師の門」が頭一つ抜けている。次点で「昨日は月曜日だった」かなあ。「12:01PM」や「旅人の憩い」も面白かった。全体的に既視感があるが面白い短編集だった。でもちょっと古いか。どうかな。