G・K・チェスタトン『ブラウン神父の不信』感想
「人が神を信じなくなると、その第一の影響で、常識をなくし、物事をあるがままに見ることができなくなる……」
読んだ。ブラウン神父シリーズの第三作目。
ブラウン神父の復活
この短編が12年ぶりに書かれたということで、シャーロック・ホームズが復活した話に準えた展開になっている。しかし復活劇自体が謎解きの核心になっているあたりはトリックにこだわるチェスタトンらしい(知ったかぶり)。この復活はまさしく劇的であったわけだが、この事件に対するブラウン神父の苛烈な態度がこの短編集を貫くキリスト教信仰というテーマをよく表している。
天の矢
青天の霹靂、密室で矢が刺さって死んだ男。凄腕の射撃手はだれか?
矢をそのまま刃物として用いたのだという心理トリック。ナイフの話が出ていたので解ける人は解けるかもしれない。一つ疑問なのは犯人ならもっと別の状況で自然に殺せたのではないかというところか。密室のために作られた人工的なシチュエーションという感じがした。
犬のお告げ
安楽椅子探偵もの。話を聞いただけのブラウン神父が事の真相を言い当てる。
犬の不可思議な行動に神秘的な存在を見てとる一般人と迷信に惑わされないブラウン神父の対比。犬の習性のところはそーなんだ、ってなった。スン。
ムーン・クレサントの奇跡
密室から消失した男。彼は別の場所で首吊り死体として発見された。
最初の空砲が回収される展開は面白かった。でもそんな不確実な計画でそんな手間をかける必要は全くなかったと思う。普通に人が消えたら怪しまれるだろ。そうでもない?
金の十字架の呪い
大胆な入れ替わりトリック。気の狂った人間が殺人に執着する。
翼ある剣
大胆な入れ替わりトリック2。気の狂った人間が殺人に執着する2。
ダーナウェイ家の呪い
ある一家に伝わる呪いの絵とそれにまつわる伝承。ブラウン神父が迷信を打ち破る。自虐的ノリツッコミがある。
全体的にオカルトチックな雰囲気が漂っていて、登場人物たちは迷信に陥っている。それをブラウン神父が真相を見破るとともに喝破するという構成が一貫していた。よく言えば信仰を失った文明社会に対する批評的な眼差しがある、悪く言えば説教くさい。残念ながら私の印象は後者だった。修飾過多に長々と書く文体やエスノセントリズム漂う雰囲気が合わない。テーマのためにそれが効果的なのは分かるが、そのテーマが時代遅れに感じる。こんにちの日本で、キリスト信仰の喪失と迷信の跋扈をテーマにした話はちょっと難しいだろう。古い作品だということを加味すればかなり良くできていて、トリックには今でも感銘を受けるものが多かった。それも今ならもっと洗練された本格ミステリの系譜があるわけで、私の中のブラウン神父は最終的に「古典」の枠に収まった。ミステリの系譜を辿りたい人とかは楽しめるかも?