あかいねじ

感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

リチャード・ブローディガン『パルプ』感想

悪文に捧ぐ。

読んだ。

辻褄をどこかに置き忘れてきたかのようにプロットが爆走している。あるのは下品な三文小説、パルプフィクションを濃縮したみたいな筋書きだけである。最後の最後まで投げっぱなしの展開が続く。死の貴婦人。赤い雀。宇宙人。セリーヌセリーヌを見つけてほしい。無茶な依頼だ。だいたい、1894年に生まれた人間が生きているわけがない。だがセリーヌと思しき人物はあっさり見つかる。そこからが長い。脈絡のないゴタゴタが続く。ゴタゴタの後、セリーヌだかそっくりさんだか分からないその人物は最終的にセリーヌ本人であったと分かり、死ぬ。なぜ生きていたのか、なぜロサンゼルスにいるのか、どうして今死ななければならないのか、説明はない。主人公のだらしなさとは関係なく勝手に事の方が進んでいく。万事この調子である。

そう、主人公はかなりどうしようもない。訳者あとがきで「ニック・ビレーンは史上最低の私立探偵である」とか書かれている。ひどい。実際主人公はLA一の私立探偵を自称するが、一日が始まると仕事について考えるフリをしながら(あるいは実際に考えながら)酒場か競馬場に向かう。それで金をすったり喧嘩に巻き込まれたりして、実りのない一日だった、とかいって終わる。情けない。

「あんたは完璧なタイプなのよ。なんでもすぐ真にうけるし、自分さえよけりゃいいと思ってるし、品性とか全然ないし」

展開はめちゃくちゃだがテンポよく進む文体が楽しい。

そう言われて俺は回れ右して部屋を出て、下りのエレベーターに乗った。エレベーターが一階に着くのを待った。それから、ドアが開くのを待った。玄関ホールを抜けて、通りに出て、自分の車のところに行った。乗りこんだ。エンジンをかけた。エンジンが暖まるのを待った。信号に出た。赤だった。俺は待った。シガレットライターを押しこみ、待った。信号が青に変わり、ライターがばしっと飛び出した。俺は運転しながらタバコに火をつけた。オフィスに行った方がいい、そんな気がした。誰かが俺を待っている、そんな気がした。

軽快に重なる短文と繰り返される言葉が小気味よく、するっと流れるような感じがある。では下品で痛快な小説なのかといえばそうでもなく、

最高の時間は何もしていないときだって場合も多い。何もせずに、人生について考え、反芻する。たとえば、すべては無意味だと考えるとする。でもそう考えるなら、まったく無意味ではなくなる。なぜならこっちはすべての無意味さに気づいているわけで、無意味さに対するその自覚が、ほとんど意味のようなものを生み出すのだ。わかるかな? 要するに、楽観的な悲観主義

俺はどこへも進んじゃいないし、世界全部がそうだ。俺たちみんな、ぶらぶらしながら死ぬのを待ってるだけだ。それまでのすきまを埋めようと、あれこれしょうもないことをやっている。しょうのないことさえやってない奴もいる。人間なんて野菜だ。俺だってそうだ。自分がどんな野菜かはわからんが。気分としてはカブだ。

ふざけた仕事と生活を送っている主人公からこんな言葉が飛び出してくる。カブというところがいい。野菜といって出てくるのが、カブ。主人公の思考から出てくる陰鬱さ、諦めムードが小説の雰囲気を支配している。これもまたいい。

最近は重い小説を読んでいたのでこういう軽快さがある小説も良いなあと思った。そういう感じで。


ストック切れに気付かなかった。この記事は6月10日の45時に投稿されたので問題なかったが、次からは気をつけようと思う。