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感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

シオドア・スタージョン『不思議のひと触れ』感想

もちろんそれが、この世でいちばん不思議なひと触れだった。

読んだ。

シオドア・スタージョンの短編集。10の短編が収録されている。どこか物悲しく、不思議で、優しく、それでいてあっさりした短編。文体が優しいので、落ち着いていて読みやすい。シオドア・スタージョン入門編。

高額保険

もうひとりのシーリア

  • ぼろアパートに住むスリムの趣味は他人の生活を覗き見ること。同じアパートの住人の部屋を物色するのが日課になっている。あるとき全く生活感のない部屋の住人が現れ、スリムの持ち前の好奇心が加速する。
  • 人間の皮を被って生活する何か。しかしスリムが皮を隠すと死んでしまった。
  • それ以上は何も説明されない。不思議な話。

影よ、影よ、影の国

  • 継母に虐待されるボビーは何もない部屋に閉じ込められる。ボビーは影絵を作り、自分も影の国へ行きたいと切望する。
  • 影絵を作る、継母に怒られる。その繰り返しなのだが、日常の現実と幻想が入り混じった雰囲気が良い。

裏庭の神様

  • ケネスは裏庭から石像(神様)を発掘する。
  • 現実改変SF。SFじゃないかも。嘘が真実になる能力を神様(石像)から与えられる。
  • 強力な権能が与えられて、痛い目を見て、反省する。これってドラえもんでは?
  • 良い話。

不思議のひと触れ

  • ジョン・スミスとジェイン・ドウと彼らが出会った人魚の話の話。
  • 平凡な人間に起こる「不思議のひと触れ」。それは人生を本物にする。情緒のない言葉で言えば、物語願望と言っても良いかもしれない。
  • 人魚の話を中心に回るのに、人魚は出てこない。この空虚/欠如は短編集を通じて共通している気がする。

ぶわん・ばっ!

  • 才能あふれるドラマーの少年と狡猾なドラマーの話。これと「高額保険」だけ不思議要素がない。
  • 音楽を文字で表現することに挑戦している。作者が思っていたものかはわからないが一読者としての私の頭の中で船とドラムのリズムが再現できるような表現になっているのだからすごい。翻訳もすごい。

  • 最後のツイストが見事。爽やかなオチですっきりとした後味を残す短編。かなり好き。

「一流になるには、自分の楽器の腕が良くなきゃいけない。競争相手の誰より利口でなきゃいけない。それから、利用できるものはなんでも利用しなきゃいけない」

タンディの物語

  • 手のかかる子供タンディと、全く関係のないように思える人工衛星(に付着した微生物)の話が同時進行する。もちろんこれはタンディの物語だ。
  • 謎の生物(生物?)に子供が乗っ取られる、というか共生しているのはホラーの雰囲気がある。でも社会に適応させてくれる共生生物がいるとして、自分の中に住んで欲しくないと言うと嘘になる。
  • 「影よ、影よ、影の国」でも書かれたように、自分の世界で生きている子供が出てくる。スタージョンのによる家庭の描写は夫婦、兄弟、親子、子供、どれをとっても絶妙なポイントをついてくる。特に自分だけの世界を持った子供のディティールが良い。

閉所愛好症

  • 望んだものは全て手に入れる弟とコンプレックスを持つ内向的な兄。兄弟と母の描写に嫌なリアリティがある。
  • 宇宙的なスケールで生きる種族に惑星は狭すぎるという考え方が面白い。この話からあとは人間の好戦性、醜さについて触れている話が多い。
  • 話がかなり単純な構図になっている。美女が現れてそれまで虐げられていた男を救う。それだけ?と思った。

雷と薔薇

  • 核戦争で焼け野原になったアメリカで滅びる時を待つ男の話。
    • 核兵器で報復しなかったパターン。報復するかどうかが終盤の鍵になっている。
    • みんな狂っていたり自殺願望があったりする。このあたりも自分で自分を刺す茨のイメージが連想される。剃刀の刃を処理するためだけにあれこれ思案する男ふたりが面白い。
  • かなり露骨なメッセージ性がある。時代を感じる。
  • 逆にこれ以外の話は全く古びていないのはさすがと言ったところ。

孤独の円盤

  • 自殺しようとしていた女を引き止める男。女はなぜ自殺しようとしていたのか。
  • 宇宙空間に投げられる孤独のメッセージ。海に投げられるメッセージ・ボトル。孤独を共有しようとする試みは誰かを救ったのかもしれない、という優しさに溢れたストーリー。
    • 話は少し違うが、宇宙と孤独というテーマはSFでよく取り扱われる。テッド・チャン「大いなる沈黙」とか。

あとがきによるとディレイニー『エンパイア・スター』で言及があるらしいが覚えていなかった(当時はスタージョンのことも知らなかったのだ!)。もう一度読み直そうかな。

話のアイデアはストレートだが、描写の緻密さ、家族のリアリティ、筆致の穏やかさといった文体に関する技術が卓越していると思った。半世紀以上経った今でも十二分に通用する作品たち。