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感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

ジーン・ウルフ『書架の探偵』感想

わたしはこの街、香料樹園にある公共図書館の、四段構造になった書架のうち、上から三段めの棚に住んでいる。

読んだ。

図書館が作品だけでなく作家も貸し出すようになったら?というSFミステリ。原題は “A Borrowed Man”。借りられた作家が探偵となり、自分が書いた本を巡る謎に巻き込まれていく。どうでもいいが最近SFハードボイルドに当たることが多い。ハードボイルドは嫌いではないが好きでもないのでなんとかして選球眼を磨きたい。まあいろいろ読んだほうがいいというのはある。それを言うならまず本以外の媒体にもっと触れるべきではあるが。

人間を貸し出すというとかなりディストピアな雰囲気が漂う。主人公は蔵者(蔵書の人バージョン)で、公共図書館の所有物であり、利用が少ないと焼却処分されるという恐ろしい状況に置かれている。一方で実際のところ世界の方はかなり牧歌的である。普通に図書館もあるし。人口が10億人になって、さらに減らす方向に進んでいるのでSDGs的にもバッチリだ。環境問題も宇宙人の襲来も独裁政治もないかなり平和な世界。

あらすじ

物語の語り手である E・A・スミスはかつてのミステリ作家のリクローンとして作られ、公共図書館に「蔵者」として収められている。彼のもとに美しい女性コレットが訪れ、本に隠された謎を解いて欲しいという。その本とはスミスがかつて執筆したものだった。本は父が金庫に遺した唯一の遺産であり、コレットの兄はその本を探す何者かに殺されたという。スミスはコレットに借り出されるが、コレットもまた失踪してしまう。スミスの元妻、アラベラのリクローンやコレット父の秘密が物語に絡まっていく中、スミスは謎を解明しようとする。

感想

  • 良くも悪くも古く良きSFという感じ。あとがきでも「パルプ」を感じると言っていたが、まさにその通りだと思う。扉を開けると別の惑星につながっていた……、という展開はどこか懐かしい感覚になる。別にそういうSFをリアルタイムで体験したことはないんだけど。
  • そういうことで、SF的な要素は出てくるが、本当に出てくるだけである。ハードSFとかではないし、なんで空間がつながってるのかとかも説明されない。ミステリの方もミステリ的な筋書きに沿って話が進むというだけで、目を瞠るような展開はない。普通のハードボイルドらしい。
  • 蔵者であるスミスは自分が人間であると繰り返し、モノのように扱われることに反感があるように見える。借りられない蔵者は焼却処理されるというのも恐ろしい話だ。まあ、そうだろう。ただしこの問題はほとんど深掘りされない。子供ができない処置や書くことを禁止する処置がされているなら人間らしさ(人間であると実感しながら物として扱われるのは苦痛だろう)を取り除くこともできたのでは?ロボット三原則的なものもなく、普通に人に暴力を振るうことができる。その気になれば脱走できそう。というか、いろいろザルである。書くことを禁じられていると言いながら、実際禁じられているのは肉筆だけでキーボードを使えば記述できるらしい。この物語は一人称の叙述なのだが、そういう体で書かれている。
  • ジーン・ウルフの作品は初めて読んだのだが、こういう話を書くんだ、と思った。勝手なイメージで小難しい話を書く人だと思っていたが、軽い読み口で淡々と読み進める。
  • 一方でSFへの目配せはあちらこちらに配置してある。後書きによれば主人公の名前や作中に登場する小説名は古典SFへのオマージになっているらしい。