あかいねじ

感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

パオロ・バチガルピ『第六ポンプ』感想

「だったらなぜこういうものを買えるんですか?イヤバグや、ベーコンも。ちゃんとどこかで生産されてるからでしょう」

読んだ。

『神の水』でも見られたエログロバイオレンスは短編でも健在。個人的にはそういうのは好きじゃないので、ちょっと合わない感があるが。それでも面白かった。この作家はむしろ短編の方が好きかもしれない。全体的に西洋的、資本主義的、進歩的価値観に対する批判的な目線がある。

ポケットの中のダルマ

ポケットの中にダライ・ラマを入れた乞食の少年の話。ポケモン

中華サイバーパンクもの。普通かなあ。

フルーテッド・ガールズ

体をフルートにされた少女の話。

身体の楽器化。演奏のポルノ化。カストラートをより過激に発展させたアイデア。舞台が中世風(実際は資本主義経済の一部が封建制をとっている、マジで最悪な社会)なのも納得。幻想的でいて欲望に満ちたポルノグラフィのパフォーマンスの描写はすごいと思うがあんまりこういうの好きじゃない……。虐げるものもまた何かに虐げられている構図とかは好き。あとラストの毒リンゴならぬ毒イチゴも。やっぱり赤色はいい。映える。

とにかく露悪的でひどいが一番非道なのは医者達が手術の後「かわいそうに、かわいそうに」って言ってたところ。お前がやったんじゃい!

タッチセンスとか身体改造とかはSFっぽいがそんなにエスエフエスエフしてない。作風かな。

砂と灰の人々

犬を見つけた強化人間達の話。

後方では、両腕がちぎれかけたジャークが倒れていた。

リサは百メートルくらいむこうに倒れていた。折れた大腿骨が真っ白な感嘆符のように腿から突き出している。

落下強襲が強引すぎる。レーダーも熱探知も妨害してくれるのに体は原始的な暴力で破壊される。えぇ。と思ってたら自分で腕切り落とすし。グロいなあ。

死を克服した人間達。どこか倦怠的な雰囲気。人々の間では体を傷つける趣味が流行っている。死への漸近の試みだろうか。死を克服した人間が感じる孤独、という感じだがいまいちまとまってない気がした。犬は必要だったか?でも可愛いしいいか。

犬が可愛い。犬。

パショ

ケリのパショの話。

次々に出てくる固有名詞が民族や文化の雰囲気を醸し出している。

どうやらポスト・アポカリプスものらしい。ジャイとケリという村がある。学問を納め知識を得たパショと呼ばれる人々がいる。ジャイとケリにはかつて激しい民族紛争があったが、主人公はケリで学びパショとなったらしい。しかし村ではジャイに固執しケリとの戦争を求める祖父と対立してしまう。対立解決の構図がきれい。

ジャイの伝統とパシャの知識の対立。グローバリゼーションと同じ構造。パシャの知識は生活を豊かにするが、その言葉は文化を侵食する。これも一種の戦争であるというのは文学のイデオロギー闘争に近いものがある。

ジャイは掟を守る。例えば魚を汚れたものとして決して食べない。その掟の中にはクオラン——隔離というものがある。

屋内で三メートル、清浄な日差しのもとで二メートルというクアランは十日が経過するかラフェルが死ぬまで続く。伝統。ケリの人びとは、旧来のならわしを守っていない。だがここでは、災禍はとっくに終息したと説明しても無駄だ。

コロナ禍が終わったらみんなマスクを外すのだろうか?ちょっと気になる。明らかにコロナ以外の、例えばインフルエンザなんかの感染症にも効果がある(であろう)この新しい慣習はそのまま定着してもいい気はする。

カロリーマン

カロリーの話。

バチカルピはよく有限の資源をSFのネタにするが今回は食料とエネルギー。遺伝子改造されたゾウムシとかが現れて普通の穀物が育たなくなった世界。ウイルスとワクチンセット商法みたいな設定。ケン・リュウも「結縄」で同じ設定を使っていた。不稔性と知的所有権。自然を独占する技術について。

「私はジョニー・アップルシードになって、世界に種を播くのさ」

『ねじまき少女』と同じ世界らしい。遺伝子改良した動物に餌を与えてエネルギーを取り出す、蒸気機関ならぬ動物機関を使っていたりする。

タマリスク・ハンター

『神の水』と同じ構想。この短編を膨らませたのが『神の水』らしい。水資源が枯渇したアメリカ。主人公は貯水性能の高いタマリスクという木を伐採して水路から水を奪われることを防ぐことで生計を立てている。それ以外の人々は皆、水が豊富な土地へと移動して行った。

ポンプで水を盗み、タマリスクを自分で育てて狩るという小狡い反則を使い、砂漠化する土地でなんとか生きる主人公。しかしカリフォルニアの州軍が訪れ、水路の掩蓋工事が進んだためにタマリスク・ハンターは不要になったと告げる。

土地に執着する理由が弱く、とってつけたような感がある。普通に州を移動できるならわざわざ生き延びることにも苦労する土地に住む必要はないのでは。『神の水』ではここを州同士の対立と合衆国の崩壊という大法螺で解決?している。

ポップ隊

延命医療が進み、不老が実現された社会。しかしその恩恵を捨て、子供を産む女性が後を絶たない。そんな女性たちを見つけ出し、子供を殺処分する警察、ポップ隊の一員が主人公。彼はある子供を殺した時の罪悪感からますます仕事に熱中するようになる。彼は子供を産んだ女性を一人で見つけ出すがその女性の生活拠点に乗り込んだ後、対話し、見逃すことにする。

子供を一人で(あるいは同じような女性と協力して)育てる女性の方に注目しているが、精子を提供した男性の方も不老不死ではなくなると書かれている。こちらは本当に物質的に得るところがないので、子供を育てる女性より、精子を提供したという事実だけに満足する男性の精神性の方が気になるしこちらも掘り下げて欲しかった。

死を克服した人類の設定は「砂と灰の人々」と同じだが、こちらの人々はジャングルのサルからなかなか脱出できないという点で正反対。

主人公がいきなり罪悪感を覚えるのがプロットに強引に動かされているみたいで微妙かなあと思った。今までは大丈夫だったのか。子供を産む理由も見逃す理由もやや弱い。全体的に細部まで詰めきれてない感がある。

イエローカードマン

没落した老人の話。

物理学の教授、商社の経営者、銀行の顧問弁護士、医者。全ての経歴は元、がつく。彼らは今や町のごみ漁り老人になってしまった。そんな老人達が口を糊するためにたった3つの事務員の募集に押し寄せる。絶望的な状況で主人公はなんとか生き延びようとする。

高級なスーツを着ていると襲われるかもしれないと怯えながら、そのスーツを脱げない。町を歩いていると家族を殺されたトラウマが蘇る。かつて手ひどく扱った部下に施しを受ける。過去の栄光を捨てられず、強者を恐れながら卑屈に生きる男の屈辱と悲哀。それでも最後の選択にはダークながら前向きさがある。

これも『ねじまき少女』と同じ世界らしい。というか、この短編を元にして『ねじまき少女』を書いたと解説にある。『ねじまき少女』を読んでないので評価は保留。

やわらかく

妻を殺した夫の話。

ふざけて枕で妻を押さえつけていたら、弾みでそのまま殺してしまった夫。死体になった妻と共に浴槽に浸かり、仕事のプログラムからスターバックスのことまでとりとめのない考えに逃避する男。動転した思考の描写が上手い。SFではなく、奇妙な味に近いかも。

第六ポンプ

人々の痴呆化が進んだニューヨーク。町には知能の低い動物と化した人間の成れの果てであるトログという生物が跋扈している。主人公はニューヨークの下水道職員。ガス漏れを調べるのにライターを使う妻や職場でトイレットペーパー遊びをする同僚や上司に悩まされながら生活している。ある日同僚から第六ポンプが故障したと言われる。その故障が解決した後、今度は複数のポンプが停止した。度重なる故障を怪しんだ主人公はポンプのログを確認するため最下階へ向かう。ログはポンプが数十年間メンテナンスされていないことを告げていた。図面を手に入れるが主人公には読めず、大学に向かう。しかし大学はすでに閉鎖されており、大学生はトログと変わらない状態になっていた。主人公は図書館にいた老婆と話し、本を持ち帰る。彼は$x2$と$2x$の違いもわからない。わからないなりに、読めない本を読もうと格闘する。

文明や社会が崩壊、変容した世界を描く作品が多かった中、この短編は崩壊直前から崩壊の最中を描いている。給電制限、崩壊するコンクリート、動かない自動車、歩道の亀裂。まだ生活できているが、崩壊の予感に溢れたニューヨークの街並み。

社会ってよくわからないけどちゃんと動いてるよね、という話。ちゃんと動いているのはちゃんと動かしている人がいるから。主人公はまだ理性が残っている方だが、それでも中卒レベル。『26世紀青年』みたいな感じで、もっと悲惨な状況なのに、真っ当な前向きさで希望を見せるラスト。これまであったダークさが無くてすっきりしている。

  • 高校の同級生とかは知性がありそうだけど、その辺りの人はどこにいったのだろう。
  • 老女が「自分は老い先短いから関係ない」みたいなことを言ってたけど、逆に主人公たちは子供を作ろうとしている。子供が明るい未来の暗喩になっている。あんまり関係ないけどこういう世界に生まれる子供って大変そうだなあと思う。終末が近いのに子供を産むなってシオランも言ってるよ。

「フルーテッド・ガールズ」が白眉。他は表題作や「パショ」も面白かった。『ねじまき少女』を先に読んでからの方が楽しめると思う。