あかいねじ

感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

今月読んだ本ベスト

厳密には5月に「読んだ」本ではなく5月に「感想をブログに載せた」本である。私以外にとっては全く関係ないし、私自身もどうでもいいと思っている。SF、ミステリ、非文芸書から一冊ずつ選んだ。

SF:円城塔『文字渦』

最近読んだから印象が強い。有利だ。『ゴジラS.P』がやっていて旬である。それもある。それもあるが、差し引いてみても、多彩なSF的発想があり、それが該博な知識によって確かに裏付けられていて、奇想が文章として形になっていて、読者を楽しませるサービス精神もある。文句なしに面白いSFだと思う。

文字が生きている世界の連作短編集。秦の始皇帝兵馬俑に始まり、文字が光ったり、闘ったり、自己増殖したり、とにかく自由に動き回る。著者の知識も幅広く、境部石積の『新字』や『説文解字』という漢字字典に始まり、漢字だけに限らずヘブライ文字梵字、果てはUnicodeまで、字をモチーフにする方法は全部使い切ったんじゃないかと思える。技のデパート。これらの知識をそのまま出すのではなく、理屈をつけて情報理論や数学、物理、論理学とも有機的に結びついている。そのなかに直球のジョークも仕掛けられていて、じっくり考察してもさらっと眺めてみても面白い作りになっている。この短編集に仕掛けられた多くの、しかし斬新な仕掛けはSFの枠を越えて読者を楽しませ、文字の可能性の予想外な豊かさを知らせてくれる。

Self-Reference ENGINE』なんかも作風が出ていて面白いが、個人的には『文字渦』を先に読むことを薦めたい。作者の構想力がエンタメと高いレベルで融合した作品だと思います。

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ミステリ:ジェイン・ハーパー『渇きと偽り』

友人の葬儀のため、故郷の田舎町に戻ってきた連邦警察官のフォーク。干魃にあえぐ町キエワラで、フォークは友人の一家心中と過去の事件を巡る謎と向き合うことになる。

リーダビリティに溢れている一冊。ミステリとしては警察による正統派のフーダニット。ミステリ一辺倒ではなく、閉鎖的で未来のない田舎で繰り広げられる人間劇も魅力。オーストラリアの過酷な自然環境とそれに苦しむ田舎町。高い描写力から気温の高さがダイレクトに伝わってくる。

過去と現在の二つの語りを行き来しながら物語が進む。それは過去の友人の死とそれにまつわる個人的な失望の記憶、そして現在で起こったもう一つの酸鼻極まる事件に連動していて、それぞれに展開する伏線が複雑に絡み合いながらもクライマックスで一気に解放されるカタルシスが魅力的。

ミステリが好きで『スタンド・バイ・ミー』とかが好きな人ならこの作品もきっと好きになれると思います。

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非文芸書:ジョフリー・ウェスト『スケール:生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』

結構悩んだが過去の自分が「今まで読んだ科学書の中でもかなり面白い方に入る」と言っていたのでこれにした。『「偶然」と「運」の科学』の秘書問題とかくじの話も面白かったし『ファスト&スロー』はプロスペクト理論の提唱者が書いただけあって実験例と事実が豊富で人間の認知システムのユルさに笑える本だった。それでも本書を選んだのは、やはりスケーリング則が見据える射程の広さによるだろう。生命、都市、経済、その全てをスケーリング則(冪乗則)で説明する。単純な法則が広範にわたる複雑なシステムを通貫しているという構図が良い。

特に上巻が面白い。BMIは適切な指数になっているか(体重は体積に比例するので身長の三乗の方が適切ではないか)、生命におけるフラクタル性とスケーリング則の関係、生物の最大と最小サイズ、寿命について、都市がもつ規模の経済について(賃金は都市の大きさが2倍になると15%アップする!)。とにかく冪乗則の威力を実感できる。最後の持続的発展可能性の議論は微妙だが全体的にはとても刺激的だった。

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その他の本

SFは一つ二つ前の世代のものを読んでいたが、これが面白い。シオドア・スタージョンの『輝く断片』も、ジーン・ウルフの『デス博士の島その他の物語』もSFの枠に留まらない短編集だった。というか、こっちをベストに挙げないのはおかしいかもしれない。考え直すか? SFで最も重視されるのはアイデアだが、この二作は筆致の巧みさと雰囲気の構成が良い。ほどよく感傷的になれる。国書刊行会未来の文学シリーズを読もうと思っている(ベスターがあるのが気になるが……読めるかな?)。

一般向けの科学書ではマイケル・ブルックスの『「偶然」と「運」の科学』が良かった。アンソロジー形式だが(あるいはだからこそ?)結構深いところまで書いてある興味深いものが多かった。『ファスト&スロー』も前評判通りに面白い。

他には文学批評の理論や実践というものにも触れた。小林真大『「感想文」から「文学批評」へ』は私のような初学者にも分かりやすい一冊だった。『文芸時評という感想』で著者が評価していた町田康の作品も読んでみたいところ。

その他

四月から毎日感想を書いていて、二ヶ月続いた。結構嬉しい。個人的なことだが嬉しいのでここに書いておく。