アガサ・クリスティー『愛国殺人』感想
歯医者へ行ったときに自分を英雄だと思える人間はほとんどない
読んだ。
あらすじ
歯医者に行って帰ってきたポアロを待っていたのは、その歯医者が自殺したという知らせだった。しかし歯医者は自殺するような様子はなく、ポアロは警察と共に捜査を始める。すると同じく歯医者に行っていたギリシャ人も死んでいた。その後も女優の失踪、顔を潰され、疾走した女優に偽装された女性の遺体の発見と事件は続き、その背後には保守派の銀行家を暗殺しようとする秘密組織の影があった。銀行家の周りで発泡騒ぎがあり、過激派の青年が下手人として捕まる。彼の使った銃は歯医者が自殺に使ったものと対になっていた。
感想
ポアロもの。ポアロは有名な『オリエント急行殺人事件』しか読んでない。最初の事件はすぐに起こるがその後の捜査が長くて少し退屈だったかな。
この小説では複数の謎が提示される。
- なぜただの歯医者が死んだのか?
- 失踪した女優、ミス・セインズバリイ・シールはとは誰で、どこにいるのか
といったものから
- バックル付き靴が縫い直されていたのはなぜか
という小さなものまで(原題はマザーグースの童謡に合わせて"One, Two Buckle My Shoe"となっている)。最後に全ての真相が語られるのは(捜査の退屈さを鑑みても)素晴らしいカタルシスだった。私は全然謎が解けなかったので悔しい。
事件の顛末は以下のようになる。まず、顔を潰された女性はセインズバリイ・シール本人で、入れ替わったセインズバリイ・シールがカルテを捏造することで遺体の身元を捏造し、彼女の殺人を隠蔽した。医者殺しからの全ての事件は彼女を秘密裏に殺すために仕組まれたものだった。なぜなら彼女は大銀行家のアリステアがインドで別の妻と結婚していたことを知っていたからだった。アリステアは自分の地位を守るためにこの秘密を死守しなければならない。そのために彼女を殺し、スパイでゆすり屋のギリシャ人も殺さなければならなかった。彼は全ては国のため、自分がいなくなれば国が打撃を受けるために殺人をしたのだと自白する。
たんにそれは利己的な見解からだけではなかったのです。もし私が破滅し、不名誉をこうむれば——国が、私の国が同様に大打撃をうけるのです。なぜなら、ポアロさん、私はイギリスのためにつくしてきた男だからです。私はこの国をしっかりと建て直し、負債を償却してきました。この国はそれゆえ、独裁政治——ファシブムやコミュニズムから開放されております。〔…〕私たちイギリス人は、民主的です。——真に民主的国民です。〔…〕わが国民は自由なのです。それこそ私の愛したものなのであり——その自由を保つために私は全力をそそぎました——それが私の生涯の仕事ですから。しかし、もし、私がいなくなったら——たぶんなにか事が起こるに違いないのがお分かりでしょう。ポアロさん、私は必要な男なのです。
その他
自尊心の高いポアロが歯医者を怖がっているところは面白かった。
ギリシャ人の扱いが相変わらず酷くて笑った。笑い事じゃないかもしれない。
歯医者が殺された理由はひねられていて面白かった。なるほどなあ。
名探偵にも色々種類があるけど、ポアロは正義、公正みたいなものを求める探偵なのかな。『オリエント急行殺人事件』では殺人者を許すけど、こちらでは被害者がとるに足らない人間でも彼らを守ろうとする気概があった。
私のたずさわっているのは自分の命を他人から奪われない、という権利を持っている個々の人間に関することです