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感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

ベン・H・ウィンタース『地上最後の刑事』感想

いずれにしろ、世界は終わりを迎えるか、もしくは、終わらないとしても闇に飲まれることになる。

読んだ。

小惑星と衝突して人類が滅びることが判明した地球。主人公はマクドナルドのトイレで首を吊った男の死体を見つける。

設定に心惹かれた。半年後には滅びる地球という壮大なスケールの世界設定とマクドナルドのトイレという世界の片隅の対比。主人公は刑事だが、終末を待つ自殺者だらけの世界で変死体の調査をする意味はあるのか。

話はかなり地に足がついている。人々が享楽的になったり、自殺者が増えたり、インフラがゆっくり崩壊したりという非日常的な背景の中、浮き足立った日常を浮き足立ったなりに描写しているという点で地に足がついていると思った。いきなり世紀末状態とかにはならない。

設定とは裏腹にハードボイルドの基本に則った乾いた描写で進むのが意外だった。謎解きミステリではなく、ハードボイルド。

もう一つ意外だったのが、これ、三部作の第一作目らしい。この設定で三部作やるというのはなかなか挑戦的じゃないですか?

感想

  • 設定通り、諦めの漂った町や退廃的な人々の生活が描かれる。この辺りの描写がハードボイルドの筆致と噛み合っていい雰囲気を作っているのかもしれない。
  • 自殺者だらけの街で警察すら変死体を気にしない。主人公だけが変死体に違和感を抱き律儀に調査を進める。一匹狼の硬派な主人公に見えるが、実際のところは法律の条文を隅から隅まで覚えている新米刑事で、危ういところがある。状況、証言、検死、あらゆる証拠が変死体の自殺を裏付けても殺人にこだわって一人で捜査を続ける様は狂気を感じさせる。一人称の語りなのに最後まで主人公の内面は謎のままで、この執着が本作を面白くするいちばんの要因になっている。
  • いくつか不満もある。
    • 妹パートの必要性。三部作を読んでいないので的外れな指摘かもしれないが、全く事件と関係ないので本作を読むだけならこのパートを読み飛ばしても支障が出ない。独立した別々の話を一度に読まされているような気分になる。ラストの第二部へ続くクリフハンガーも唐突に感じた。うーん。
    • 世界設定と事件が噛み合っていない。世界設定とハードボイルドは相性が良かったが、事件の方は設定のスケールに対して必然性が足りなかったように感じた。
      • ただ、これはミステリの読みすぎのせいということもあるかもしれない。ミステリでは人が死ななければならないので動機の設定に対するハードルが低い。かなり軽い理由でバタバタ人を殺す。人が死ぬのは面白いが、人はそう簡単に人を殺さない。ここで、読者もリアリティラインを下げるという暗黙の協定を結ぶ。一方で本作はさらに異常な設定を置くことで殺人の異常さを十分に正当化できている。ただの金のために人を殺すというのは通常のミステリでは(あるいは現実でも)十分な動機になるが、設定によってより一層の深刻さと迫力が与えられている。ただ、設定の大きさを考えればもっと驚きを与えて欲しかった思う(私はここで『屍人荘の殺人』を思い浮かべている。特殊設定ミステリの動機という点に限ってこの作品と比べるのはちょっとアンフェアな気もするけど)。
  • 混ざっていないドレッシングみたいに水と油が分かれている印象を受けた。設定が物語から浮いているとも、物語が設定から浮いているとも。これは単品の印象なので三部作を読めばまた変わるかもしれない。ハードボイルドと滅びを待つ人々の生活の描写は良かったので、そういうのが好きな人は好きかもしれない。