あかいねじ

感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』感想

ひとつの都市、もうひとつの都市、また別の都市。——

ベジェルのスラムで身元不明の死体が見つかるところからこの物語は始まる。はじめは普通の警察小説に見える。意味が明かされない用語——〈クロスハッチ〉、〈あちら側〉、〈ブリーチ〉、〈完全〉、〈異質〉——といったものを除けば。これだけならちょっと変わった舞台設定の警察ものと言えるかもしれない。しかし物語はただの殺人から二つの奇妙にもつれあった都市、ベジェルとウル・コーマの歴史の謎に発展していく。

最初のうちは説明されないので状況がつかみにくい。第5章から2つの都市についての明示的な説明が入って、どうも両方とももう一方の都市を〈見ない〉ようにしなければならないルールがあるとか、地理的に折り重なる都市と都市が政治的、社会的、文化的にも分断されていることが分かるあたりから読みやすくなる。

造語

  • 〈ブリーチ〉:ベジェルとウル・コーマの国境を非合法的に侵犯する、あるいは相手の存在を認識すること。また、その行為を察知し、処理する権力を持った組織のこと。
  • 〈完全〉:ある地域が完全に自分側の都市国家の領域であること。
  • 〈異質〉:ある地域が完全に相手側の都市国家の領域であること。
  • 〈クロスハッチ〉:二つの都市が混ざり合う地域のこと。

他にも〈突出〉とか〈見ない〉とか色々出てくるけどここらへんは字面から意味がわかる。

あらすじ

第一部、ベジェル。ボルル警部補の一人称で捜査が進む。女性はアメリカ人で、ウル・コーマに住んでいた学生だと判明する。この事件は〈ブリーチ〉行為であるとして、二国の権力者から成る監視委員会に〈ブリーチ〉発動を依頼するが合法的な越境を示すビデオが提示され、拒否される。ボルル警部補は二つの都市をまたがる捜査を余儀なくされる。

第二部、ウル・コーマ。ボルルはウル・コーマの民警であるダットとタッグを組み捜査をする。この凹凸コンビ好き。そこで殺された女性が都市と都市の間にある第三の都市オルツィニーに興味を持っていたことが明らかになる。彼女の友人、ヨランダとオルツィニーについて研究していた博士、ボウデンは身の危険を感じており、ボルルは彼らをベジェルを介して亡命させようとする。しかし合法的に越境できる施設、コピュラ・ホールでヨランダはライフル銃を持った男に狙撃される。ウル・コーマ側にいたボルルはその男を追うが〈完全〉と〈異質〉が分離する場所まで逃げるがボルルは男を撃ち殺す。この〈ブリーチ〉行為によってボルルは〈ブリーチ〉に連行される。

第三部、〈ブリーチ〉。オルツィニーについて執拗に質問されるボルル。〈ブリーチ〉のアシルと、マハリアが探し当てたオルツィニーの真相を探る。捜査の結果、オルツィニーは存在せず、マハリアがオルツィニーだと思って協力していた相手はただの遺物泥棒だったと判明する。黒幕はボウデンで、彼は二つの都市の境界に沿って逃亡しようとしていた。境界近傍にいるボウデンにはベジェル側からもウル・コーマ側からも手を出せない。彼は巧妙にどちら側に属しているかを(服装や仕草といった文化的なものも含めて)曖昧にしていて、手を出せば〈ブリーチ〉の危険を犯すからだ。最終的にどちらの都市も行き来できるようになったボルルが彼を捕まえる。

感想

  • 設定の奇妙さに関わらずスタイルはオーソドックスな警察ものを貫いている。形式的にはSFよりもミステリ、特に特殊設定ミステリが近いと思った。ただミステリーの核心部分に特殊設定があんまり関わってないのでこれも微妙に違う。作者のいうウィアード・フィクションという表現が一番しっくりくる。

    • 解説では見えるのに見えないという心理的トリックは本格ミステリでもお馴染みみたいなことが書かれていたが、作中でそのトリック使われてたっけ?となった。少なくとも謎解きの範疇では使われていなかったと思う。別に犯人も見えてるし。ヴァンが往復したくだり?見えないようにしなくてはならないというのは効果的に使われていたと思う。
  • もちろん架空の歴史、架空の都市やそれに伴う造語は魅力的なSF要素になっている。相手がすぐそこに存在するのに、それを〈見ない〉ようにするという設定は惹きつけられるものがある。

    • 歴史改変って一応SFに入ると思っているのだけど、Science要素はどこにあるんだろうか。
  • 第二部まででSF的な盛り上がりは最高潮を迎える。〈ブリーチ〉に連れ去られた主人公はどうなるのか?第三の都市オルツィニーは存在するのか?彼らは何をしているのか?普通のSFならここで世界の謎を解き明かして読者を驚かせるような展開にすると思う。しかし、第三部では今まで絶対的なルールだった〈ブリーチ〉や二つの都市の関係も外部の人間に否定される。小説の世界の全てだった都市と都市は、実際のところより大きな世界の一部に過ぎない。

    「〔…〕あんたらがわが国の政府を怒らせたら、いったい何が起きると思ってるんだ? ベジェルかウル・コーマが本物の国を相手に戦争を挑むなんて、考えただけでも滑稽だ。ましてあんたがた〈ブリーチ〉じゃあね」〔…〕ヘリは二つの都市それぞれにある低いタワーのあいだ、ベジェルとウル・コーマのあいだの空間を慌ただしく上昇し、ふたたび空にいる唯一の物体となった。

    ここでSFの魔法が解けて物語は警察ミステリーに回帰する。伝説の都市オルツィニーも存在しない。犯人の創作だった。そして全ては犯人のプライドと小金のために仕組まれた犯罪であったことが明かされる。SF的カタルシスを期待すると肩透かしを喰らうが、この仕組みは見事だと思った。

  • ベジェルではコルツィと、ウル・コーマではダットとタッグを組んだボルルが最後にブリーチに所属するラストでは時代が変わりつつあり、二つの都市の未来について希望がかいまみえる終幕となっている。

    確かに、私は都市と都市のはざまで生きているが、二つの都市の両方で生きているのである。

その他

  • 裏表紙のあらすじに「封印された歴史に足を踏み入れていく……」って書いてあるけど、嘘じゃん。

  • 著者近影がかっこいい。

面白かった。確かにジャンル小説なのだけど、どのジャンルに分類していいかわからない感じがある。