あかいねじ

感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

シオドア・スタージョン『海を失った男』感想

さて、もしそれよりももっと大切なことがあるとするなら、今こそそれが姿を現す時だ。

読んだ。

スタージョン三冊目。分かるのと分からないのが半々くらい。分からない話は定型に従って書かれる物語ではないので分かりにくいという印象。河出の奇想コレクションよりも難解度は高い。「シジジィじゃない」、「そして私のおそれはつのる」、「墓読み」あたりは比較的読みやすい。

スタージョンの短編は変わり者が出てくることが多いなあと思う。人並みならぬこだわりを持つ者、欠陥があって社会から爪弾きにされている者、サイコパスのように普通の倫理に縛られない者。

ミュージック

サイコもののショートショート。猫が鼠を狩るように、精神異常者の主人公は人を襲う。捕食者の美しさと被食者の醜さが対比されている。プレリュード、前菜的な感じ。

ビアンカの手

白痴の少女、ビアンカ、ではなく、彼女の手に魅せられた青年ランの話。手が好きというと、そういう有名な漫画のキャラクターがいたことを思い出す。ランの行動には執着と狂気が垣間見える。

ビアンカに手が従属するのではなく、手にビアンカがくっついているのだ。手が第一。まるで手が主体であるかのように(というか文中で意思を持っているとすら書かれている)語られ、しかしその手によってランは殺される。愛と狂気と死が紙一重で重なっている作品。最後の急展開(あるいは必然的な結末?)はスタージョンっぽいと思った。とりあえず殺しとけ!

最後の一文が良い。

そのビアンカの手は、すっかり息絶えて、枯葉のように手首から垂れ下がっていた。

手なんだから手首にくっついてるよね。

成熟

中編SF。医療的な処置を受けて人間を超えて成熟していく青年の話。ダニエル・キイスアルジャーノンに花束を』やテッド・チャン「理解」みたいな。

序盤の子どもらしいロビンが目につける物の描写が好き。電車の緩衝器やタフィー・プラーといった機械の工学的な美しさ。坂口安吾も工場は必然的な形をしているから美しいみたいなことを言っていた気がする。機能美。

精神医学に関する描写のあたりが強い。「三の法則」でも強い。

「現代の精神医学は必死に患者を成熟させようとしているけれど、それは発生学的な意味におけるものでも、個別の精神身体に基づく者でもなくて、純粋かつ必然的に社会の要請によるものなんだ。社会それ自体、矛盾だらけで、機能不全で、未熟なくせにね」

成熟とはなんなのか。ただの細胞の分化なんじゃないかな。もっと一般にはただの変化かもしれない。鍾乳石が成長するとはいうが、鍾乳洞(の空間)が老衰したとは言わない。これは成長で成熟じゃないか。

「ほどを知るのが成熟——」

シジジィじゃない

自分にぴったりの相手を見つけた恋人の話。

主人公が実は本体じゃありませんでした、よく分からない幻視みたいな存在は未来の自分でした、とこの中では一番分かりやすいSFになっているのではいか。

シジジィ。世界のほとんどがそう言った幽霊でみたされているかもしれない。哲学的ゾンビっぽい。世界のあり方がそうであったとしても、そうと分からない限りは(つまり無条件に)問題ないと個人的には思う。シジジィとはなんだったのか。それは本物の人間が夢見る夢。タイトルがジジイじゃないに見える(難癖)。

三の法則

一夫一妻という既存の制度に縛られない愛の形を描いたSF。ウイルス性の精神病を治療しにきた宇宙人たちとその周囲で起こる物語。

「何もかも二人でやりたがるのね。みんな二人ずつ一組になってないと、何かを失ってしまうんじゃないかと不安になるみたい。みんなそうあるべきだとしつけられ、強要され、命令され、教育されて、つまり——」

でも三は微妙じゃない?四とかそれ以上ならありそうだけど。三は対称性が悪いと思うよ。逆に一番無さそうだから書いたと言われればそうなのかも。解説ではマイノリティ文学の変種みたいに書かれてたけど、そういう層も存在するのだろうか。三人が良いみたいな。いるかもしれない。

人類がどうなるか、みたいな話のオチは時代を感じる。1951年。

楽しい進展については、お手元の新聞にご注目を。

そして私のおそれはつのる

超能力と三角関係のSF。これまでの作品でも割と三角関係がモチーフになっているものが多かった。スタージョンの特徴の一つかもしれない。この作品は一番分かりやすい筋書きで、不良少年の成長譚になっている。

題名はイェイツのエッセイかららしい。

墓読み

墓を読む術を学んだ男が下した結論。愛に関する短い物語。

生きている間は変わり続けるが、死んでしまうことでその人生の物語が完結する。そこから墓を読むという発想につながっていくのが気持ちいい。

海を失った男

海を失った男の一種の走馬灯。意識の朦朧とした男の語りで、終盤にいくに連れて状況がはっきりしていく。模型で遊ぶ少年、海の危険を知った少年、少年の模型が滑空し、激突する。それが火星で彼の身に起こったこと。激突し、死を待つ状態。

さて、もしそれよりももっと大切なことがあるとするなら、今こそれが姿を現す時だ。

彼は立ち上がり、言う。

「やったぞ」、と火星で死にかけている彼は叫ぶ。「おれたちはやったんだ!」

人間の尊厳や切なさが最後に一気にやってくる。

露頭という単語に馴染みがなく、路頭のイメージの拡張で読んでいたので最初は意味不明だった。恥ずかしい。自然・人工的にできた崖のことらしい。

その他

うんうん、スタージョンらしい不思議な話だね〜と読んでいって、最後の「墓読み」と「海を失った男」でその切なさに心打たれる。構成の妙に編者のわざを見る。