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感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

ピーター・スワンソン『そしてミランダを殺す』感想

「僕の本当の望みは、妻を殺すことだよ」

読んだ。

妻の殺害計画を立てるところから始まるサスペンス小説。特に謎解き要素はない。

三部構成で第一部はテッドが謎の美女リリーと空港のバーであったところから。よった勢いで自分が浮気され、妻を殺したいと喋るテッド。リリーはそれを肯定する。このあとはテッドとリリーそれぞれの章が交互になっていて、テッドの章では殺人計画の進行、リリーの章ではリリーの生い立ちが語られる。結構どちらもなかなかの人間性で、自分を裏切った・攻撃する人間には絶対に報復するという決意に満ちている。『ゴーン・ガール』に近いものを感じるが、それよりは正当防衛に近い。過剰防衛ぐらい。でも二回人殺してるからなあ。一度目は幼少期で自分を犯そうとしてきたチャットを、二度目は大学時代の学友フェイスと浮気をしていた彼氏、エリック。これはちょっとまずいですね。しかし、第一部の最後、テッドの妻、ミランダの浮気相手だったはずのブラッドが家にやってきてテッドを銃で撃つ。いったいどうなってしまうのか?第二部へ続く。

第二部はリリーの章からはじまる。ミランダの旧姓がフェイスであったことが明かされる。そして、新聞。

被害者のテッド・セヴァーソン氏(三十八歳)は、自宅二階の踊り場で発見され、その場で死亡が確認されたという。

え、死んじゃうの?ここにきて話は急旋回する。180度回転。ある夫婦間で二つの殺人計画が進んでいて(最悪な夫婦だ)、一方が先を越されたのだ。リリーは仇討ちをすることになる。

てっきりこのままミランダを殺すんやろうなあと思っていたら第一部から第二部への急展開で一気に惹きつけられた。タイトルがそうだったじゃないですか。話が違うぞ。ちなみに原題は "The kind worth killing" なので邦題がそういう風につけたらしい。そういう風につけたらそういう風に思うじゃん。ここからはサイコパスvsサイコパスという感じで、リリーとミランダ、二人の女がいかにして自分の敵を殺すか謀略を張り巡らせる。第三部は警察のヘンリー・キンボールとリリーの話。リリーの身辺をうろつくキンボールをリリーは如何にして処理するのかを中心に話が進む。キンボールの趣味がひどすぎるしその回収のされ方もひどすぎて笑った。

サイコパスのリリーが主役でその異常さと冷静さが際立つ。

——自分の持って生まれた倫理観が普通とは異なることを実感しつつ。それは動物の倫理観——牛やキツネやフクロウの倫理観であって、正常な倫理観ではないのだ。

死体が見つからなければバレないという持論は『冷たい熱帯魚』の「ボデーを透明にする」のフレーズを連想させる。この映画に出てくる村田も一種のサイコパスだろうか。そういうところも類似している。

後書きにもあるように、先行する作品への目配せが随所に見られるようだ。出だしはハイスミスの『見知らぬ乗客』に似ているが、同作者による『殺意の迷宮』が作中にも現れているし、アガサ・クリスティーの『ねじれた家』は精神に異常を抱えた一家で起こる殺人事件を扱っている。全体的に緻密で驚くべき計画があるわけではないけど最後まで惹きつけられる展開でよかった。