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ジョフリー・ウェスト『スケール:生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』

この驚異的な規則性の存在は、これらのまったくちがう非常に複雑な現象すべての根底に共通の概念的枠組みがあること、そして、動物、植物、人間の社会行動、都市、企業の動態、成長、まとまりが、実は似たような一般化した「法則」に従っていることを強く示唆している。

読んだ。

スケーリング則、冪乗則についての一般向け科学書

翻訳は上下巻に分かれていて、上巻はスケーリング則についての導入と生命について、下巻は著者の専門である都市について論じている。上巻は今まで読んだ科学書の中でもかなり面白い方に入る。スケーリング則があらゆるものを説明していくのが面白かったのでこっちだけ読んでも良いかもしれない。下巻は都市についてクローズアップした議論を行なっている。

著者は都市のモデルを研究している理論物理学者らしい。もともと高エネルギー物理学(素粒子物理学)をやっていたらしい。理論は明解に説明されていて、面白い実験データがいくつも載っている。第一章だけでも、

  • 体重と代謝率に関するスケーリング則。
  • 心拍数の普遍性。
  • 都市の人口と特許数の線形性。
  • 企業資産と利益に関するスケーリング則。

が挙げられている。個人的には第二章のウェイトリフティングに関するスケーリング則が面白かった。これによると体重$w$に対して持ち上げられる最大重量$m$は大体$m \propto w^{2/3}$に従うらしい。さらに面白いことは、この法則は既にガリレオによって予言されていたということだ。

BMIがスケーリング則(特に立方則)を無視している、従って高身長だとBMIは高くなり、低身長だと低くなる、というのも面白い(実際に立方則が全ての人口に成り立つかは諸説あるらしい)。他にも多数の理論、実例、そこから導かれる予言が簡潔に分かりやすく書かれている。

著者はスケーリング則の普遍性を説くとともに、アリストテレスから続く悪癖、線形思考の落とし穴にも繰り返し言及している(アリストテレスは物体の落下速度は重さに比例すると唱えた)。特に重要だと思ったのは薬の服用量。これは大抵の場合体重に比例して増減量されるが、著者はこれも2/3スケーリング則に従うという(ここで行われる膜の表面積と体積の議論は単純だが説得力がある)。

学説的には生命から都市、都市から宇宙まで、あらゆる大きさ、分野のレイヤーで成り立つスケーリング則が存在すると主張している。これは、まあネットワークがあるところ、冪乗則も成り立つということでかなり分かりやすい主張だと思う。

もう一つ、持続可能性や地球温暖化について規範的な主張もしている。こちらは訳者解説にもあるように大げさで強引なところがある。(超)指数関数的増大の危険性について説いていて、言いたいことは分からないでもない。マルサスの『人口論』に近い主張だが著者は指数関数ではなく超指数関数的な成長を持ち出しているというのが違うと言えば違う。

訳注が丁寧で、訳者解説が詳しい。本書の簡潔なまとめや誤解しやすい、あるいは誤っている記述について教えてくれる。私は閉鎖系についての著者の記述に納得してしまっていたので危なかった。解説のおかげで議論の誤りが分かりました。ありがとうございます。

訳者解説については、以下の記述が気になった。

GDPも同じだ。ここ数十年ほど、世界の経済成長率は、どんどん上がるどころか年率2%のショボい成長が維持できれば御の字、それどころかコロナで、今後数年はマイナス成長が続きそうだ。

年率2%の成長ってショボいの?40年で2倍になるらしい。確かにショボいかも。ちなみに2021年の経済成長率予測は6.0%で2022年を4.4%(2021-04-20現在)。3年平均すれば大体年率2%になる。マイナス成長は2020年だけでコロナの影響は尾を引かないっぽい。また、

そもそもイノベーションとは独立に経済成長だけ無限に発散し、それを支えるためにイノベーションが後追いで必要という問題設定の仕方は変なのでは? 経済成長はイノベーションの波及効果でしかないのだから。

という記述があり、確かにこれは正しい。ただし実際のところ株式市場なんかは明らかにイノベーションに先行して指数成長を仮定しているし、それが崩壊すれば実体経済も打撃を受けるので、著者が言うほどではないにせよイノベーションは必要とされるし、指数成長ですら達成されなかったら悲惨なことにはなり得ると思う。イノベーションの波及効果でしかないというのはやや言い過ぎ感がある。

以下のリンクから訳者解説全文が読める。

私的メモ

第2章

  • ゴジラについて載っている。巨大生物は自重に耐えられるか。ここでは触れられていないが特撮ではスケーリング則を考慮しないと不自然な映像になる事を連想した。バッキンガムのπ定理から、無次元量が一致するよう再生速度をスローにして速度を調整しなければならない。フルード数やレイノルズ数はその一例。
  • 体格指数としてのポンデラル指数。
    • 類似の特徴を持った人口群ごとに分解して指数を指定することも提案している。

第3章

  • クライバーの法則。人の代謝率は90W。社会的代謝率はその1000倍。へぇ。
  • 生命のスケーリング則の指数が1/4の整数倍であるのはなぜか?3つの仮定をおくとこの問いに答えられる。
    • 空間充填。ネットワークは体や会社組織の全ての末端までをつないでいる。
    • 端末ユニットの不変性。毛細血管の大きさやコンセントの大きさはネットワークのスケールを変えても(あまり)変わらない。
    • 最適化。ネットワークはエネルギー効率を最適化するつくりになっている。
  • これらの(私には妥当に見える)仮定から、以下のような結果が導かれる。これらは結果の一部だ。
    • 面積保持分岐。反射を0にするために血管は半径が$\frac{1}{\sqrt{2}}$倍ずつ減少する。
    • 自己相似。血管長は$\frac{1}{^3\sqrt{2}}$倍ずつ短くなる。
  • 4という数字は空間の次元3とネットワークのフラクタル次元(?)1の和としてでてくるらしい。
  • 分解能が大きくなると国境が伸びる。確かに。

第4章

  • 生物のサイズに関する制約について。
    • 循環系が脈動波を保てる最小サイズからくる制約。
    • 毛細血管がまかなえる細胞集団の大きさの限界からくる制約。
      • クローグ半径について調べたが見つからなかった。
  • ヒトの寿命について。
    • 死亡率は一定らしい。つまり生存率は指数減少する。
    • 平均寿命の成長は寿命の限界よりむしろ新生児の死亡率低下に負うところが大きい。限界は125歳ぐらいで変わらない。
  • 生物の寿命について。
    • 体重の1/4乗でスケールする。
      • 総細胞数/端末ユニットのスケーリングと同じ。総損傷数が端末ユニット数に比例し、ある割合の細胞が死んだら個体が死ぬと仮定すると説明できる。

第5章

  • 指数関数的拡大について。

    • 経済成長や人口増加に指数関数的増加が見られることについて(もちろんいくらかの先進国は人口減少に悩まされているのでこの例には当てはまらない)。これは私見だが、NISAを適当に米国ETFに突っ込む人から年金の持続可能性までこの指数成長を当てにした戦略は結構あると思う。

      「限りある世界で、指数関数的成長が永久に続くと信じているのは、狂人か経済学者のどちらかだ」——ケネス・ボールディング

    • もちろん、それに伴ってエネルギー資源であれ、希少資源であれ指数関数的に入手可能でなければならない。

    • これを可能にするものとしてイノベーションが挙げられる。この点で環境保護論者(この本の著者はこちら側)と経済学者は対立している(指数的に発展するのは普通に無理だよ派 vs. イノベーションは永久の指数発展を可能にするよ派)。イノベーションが万能薬というのは微妙かなあと思うが、今までの社会の進歩は経済学者の主張を支持しているので、著者の分が悪そう。もちろんこれも指数関数の急激さは予測できないということの一例かもしれないけど。

  • エネルギーやエントロピーから要請される資源活用の有限性について主張している。が、この議論だけでは化石燃料が持続可能でないというところまでしか行かない気がする(そこまでは正しそうに見える)。著者もそれはわかっているようで、太陽光や原子力のような(特に前者の)発電方法を支持している。

    • 原子力発電と自動車事故の比較はジョナサン・ウルフ『正しい政策がないならどうすべきか』に近い議論があった気がする。
  • 後書きにもある通り、地球が閉鎖系であるという議論と指数関数についての記述が誤っている。

    • 指数関数の急激さが人間の認知と噛み合わないのはその通り。最後の一単位期間が一番資源を消費するという視点は有用だと思う。

第6章

  • こっから下巻。
  • この章は都市について、特に定性的、記述的な都市計画とかについて書いてある。
  • なんか都市は人間同士の相互作用が大事なんだぜ、みたいなことを言っている。多分。

第7章

  • この章の主眼は15%ルール——都市のインフラが0.85の指数をもち、社会的経済量が1.15の指数を持つことにある。社会的経済量は賃金、GDP、特許といった良い面もあるが、犯罪、公害、疾病も同様にスケーリングする。

    都市のサイズが2倍になるごとに、物質的インフラは約八十五パーセント増で済む。

    • 規模の経済じゃん、当たり前でしょ、と思うかもしれないが、それが同一の指数を持つ冪乗則に従うという定量的な視点は面白い。
    • 結論としてはこの二つの法則は表裏一体で、15%の資源の節約が15%の社会的経済量の増加にまわっているらしい。
  • 人のリンク数について。組み合わせなので2次関数的に増加する。全てのリンクが使われれば指数は2になるが、それは現実的でないので1.15程度に収まる(ダンバー数のような制約があるため)。

その他

  • ダンバーの法則。ダンバー数。人間が認知できる人数について。

    • ここでいう「親密度」ってどう定量的に評価したのだろう。
  • すごい仮説が書いてある。

    これらすべてをまとめると、都市は実質的に、人間の脳の構造がスケール化されたものだという、とんでもない結論が導き出される。これはかなり乱暴な推論だが、都市には不変的特性があるという考えを鮮やかに採り入れている。一言で言えば、都市は人々の相互交流の表現で、これは人間の神経ネットワークに、ひいとは脳の構造と組織にコード化されているのだ。

    • コード化されているからといってそれのスケールであるというのは違うのでは。DNAを拡大しても人体にはならないだろう。
  • ジップの法則。順位はサイズ(頻度)に反比例する。あるいはパレートの法則。著者的に現象論的説明なので重要じゃないらしい。

第8章

  • 都市のサイズについて。サイズは移動時間が一時間以内という法則で規定される。歩行都市なら直径5km。自動車が使えるようになって直径40kmまで拡大された。
  • 実は歩行速度も都市の人口にちょっとスケーリングするらしい。へえ。
  • ショッピングモール、あるいは施設一般について。訪問人数は移動距離と訪れる頻度の両方に対して-2乗でスケールする。
    • 1単位距離離れたところから、1単位期間に1600人が訪れたとする。
      • 2単位距離離れたところからは1/4、400人がやってくる。
      • 2単位距離離れたところから1/2単位期間には1/16、100人がやってくる。
  • この法則は都市によらない。特定の場所への移動距離と訪問頻度の積が同じなら訪問する人の数も同じになる。
  • 都市の業種の分布は、業種の種類に関係なく、選好アタッチメント(累積優位性、ユール=サイモン・プロセス)で説明されるような指数曲線になる、と思ったがユール=サイモン過程ではべきで成長するらしい。図53の端の方のこと言ってるのかな。

第9章

  • 企業について。
  • 企業ははじめは指数関数で成長するが最終的に成長は止まる。
  • 企業が死ぬリスクは年齢やサイズとは無関係で、死亡率は一定。半減期は10.5年。
    • The mortality of companies
      • ここで引用された論文。
      • Figure 2. (本書の図75)を見る限りでは長期間(~60年)生存する会社は理論曲線より少ない。これは恐らく1950年から2009年に生まれて死んだ企業しか統計に含めてないため。60年も生存する会社が60年目で死ぬ確率は低くなりそうに思える(長く生きた会社は長生きする要因があり、死ににくいという仮説)。そういう性質が入ってそう。
        • 生存時間解析というものがあるらしい。それでも結果は変わらなかったらしい。
      • また、合併や買収も入っているので本当に企業が無くなったわけではなさそう。でもこれらの死亡率も倒産や精算と同じくらいになるらしい。
  • 嬉しい知らせとして、日本にはこの統計の外れ値となる企業が存在する。悲しい知らせとして、数百年続く企業たちは宿屋、菓子屋、そういうニッチ産業に集中していて、小規模だ。

第10章

  • この章では持続可能性に関する著者の見解を述べている。

    経済から都市に至るまだ5000年程度しか存在していない人工社会システムが、その出自であり数十億年続いてきた「自然」生物界と共存し続けられるのかという、根本的な問題だ。

  • 超線形スケーリング(超指数関数)で成長する曲線は有限時間で無限の資源が必要になる。これは破綻を意味する。これを避ける方法にはイノベーション、発明によって別の曲線に移ることがある(これも超指数関数的だが無限に発散する時刻を先送りできる)。しかしこのイノベーションの間隔は短くなっていくことが要求される。これは持続可能ではない、というのが主張。

    • 従って、今ある生活に満足して十分以上を求めない生活を推奨したいらしい。
  • 超線形スケーリングって両対数グラフで線形以上になるということ?これまでの語の使われ方では線形以上(1より大きい冪乗)と考えていたのだけど。

  • 超指数関数成長が無理なのはわかるが現実は指数関数にとどまっている(それでも大きいが)ので「有限時間シンギュラリティ」は起こらなさそう。でも指数関数以上で発展しているとする論文を引いている。

    • 引用されている論文:arXiv
      • この論文では最近の動向というより千年くらいのスケールで統計をとっているので、今の人口動態やGDPの成長を捉えているかは疑わしい。
      • グラフは確かに超指数関数的に見える。
  • イノベーション」の定義が曖昧で、著者も認めている。

最後は持続可能性についての著者の主張のために強引な記述が見られたが、全体的には刺激的な科学的知見に溢れていたと思う。