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感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

ラヴィ・ティドハー『完璧な夏の日』

緑の草。黄色い太陽。蒼穹。白い雲。

完璧な夏の日。

読んだ。面白かった。

原題は”The Violent Century”で、文中では「暴虐の世紀」と訳されている。多分。タイトルの訳が秀逸で、『完璧な夏の日』という言葉自体のイメージが持つ力もそうだが、元の題と対になっているのが良い。「暴虐の世紀」と「完璧な夏の日」。暴力と平穏。瓦礫と草原。真反対の情景を想起させる二つの題名。この二つのタイトルをそのまま写し取ったかのような表紙も素晴らしい。

あらすじ

第二次世界大戦から始まる架空歴史もの。氷や植物を操ったり、怪力や念力があったり、そういう超能力者たちが存在し、ヨーロッパを舞台に闘いを繰り広げる。しかし大筋は変わらず、ヒトラーは自殺するし日本には原爆が落ちる。物語は第二次世界大戦を時系列を行き来しながら回想される形で語られる。その戦いの中で友情と愛を見つけ、それを失った主人公。大戦が終わり時間が経った後、主人公は元上司に呼び出されてゾマーダーク、完璧な夏の日と呼ばれた少女の話をするよう問い質される。

感想

主人公のフォッグは煙を操ることができる超人。その元同僚のオブシディアンは物を分解する能力をもつ超人。彼らはイギリスの諜報機関に属していた。ちなみに「超人」は「ユーバーメンシュ」と読む。この二人の関係性が良い。二人とも孤独を抱えていながら相手だけは信頼できる、信じたいと思っている。ブロマンスというのだろうか。友情というには大きすぎる情感があり、恋とも質感の違う関係性がある。ある事件をきっかけにその対称性が崩れ、その関係が二度と元に戻らないことが決定的になったシーンはとても痛ましい。無償の献身こそが本当の愛の形なのだ。

登場するキャラクター達も個性が立っていて楽しい。イギリスのフォッグとオブリビオン、ドイツのシュニーシュトルムとウルフマン、ソビエトのレッド・シクル、そしてアメリカの、それぞれの国の超人達が時に戦い、時に手を組む。アメコミへのパスティーシュが感じられる(それはアメリカの超人達の描かれ方に最も良く現れている)。

解説で『ウォッチメン』への言及がある。『ウォッチメン』はヒーローたちが各々の主義主張の対立とその帰結を描いた作品で、ヒーローたちが戦うこの作品に通底するところがある。アメコミはアメリカの中での小競り合いが世界の趨勢を決めるというセカイ系っぽいところがあるが、本作の超人たちはさまざまな出自を持ってそれぞれの国に所属している。イギリスとドイツの争い、ナチへの絶望的な戦いに一人で向かうユダヤ人の超人、堂々とやって来て力を見せつけるアメリカの超人たち。第二次世界大戦における超人たちの姿はその国の姿を擬人化したものになっている。しかし大戦が終わった後の彼らの姿は悲惨なものだ。

ベトナム戦争の駒に成り下がった少佐の末路、武器や薬の密売に手を染めるかつてのヒーロー、忠義を誓ったはずの国を裏切る超人の思い。WW2は20世紀に長く尾を引く戦争たちを引き起こし、その中で超人や国家の力が衰微していく様子が描かれる。唯一21世紀だと明言されている節が象徴的だ。超人たちは国家というよるべを失い、自分が信じられるものを探して暴虐の世紀をあてどなく彷徨う。それは永遠に続く夏の日や、盲信的な愛や、全ての終わりを願う諦観であったりする。この視点から見ると、フォッグの恋が唐突に見えるのも、最後の痛ましい別れも、この物語が「われわれ」から語られたことも、全て必然だったように思われる。

戦争は全ての人間を老人にしてしまう。その点は、われわれもよく承知しているとおりだ。

その他

  • アメリカの立場が皮肉に書かれている。第二次世界大戦とそれ以降における大国としての存在感を見せつけるヒーローたちの姿はどこか滑稽だ。アメコミへのパスティーシュとなっている本作が超人たちをあらゆる国に置いたのも自国だけを世界の全てと見做すようなアメリカの態度への当て付けともとれる。
  • 国家という「大きな物語」の解体という筋で感想を書いたが、普通に愛の物語として読んでも、スーパーマンたちのキャラクター小説と読んでも面白い。私はレッド・シクルが好きです。
  • 量子論が適当に使われていて悲しい。なんでも観測とかエンタングルメントとか量子コンピュータとか言えばいいと思わないでほしい。量子計算はあくまで計算だ。量子計算とは特定の物理現象を量子論理回路と同等に見做す操作のことであって、量子論理回路と同等にみなせる全ての物理現象を操ることではない。古典コンピュータで0を1に変えられるからといって無から何かを取り出すことはできないのと同じだ。
    • 最後のアナロジーに対して対生成を持ち出す人間はアナロジーの意味を理解していないか、性格が悪い。
    • もちろんSFにこんなことを言うのは野暮なので、これはただの鳴き声だ。ワンワン。