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マイケル・ブルックス『「偶然」と「運」の科学』感想

ランダム性は系自体の性質ではなく、その系に関するわれわれの考え方が持っている数学的性質なのだ。

読んだ。

進化と誕生の偶然、脳から見た偶然、数学の偶然、物理学の偶然、生物学の偶然、偶然の(主に工学的な)応用の6つの章に分かれていて、各々の章が複数の寄稿によってなっている。ランダム性がテーマになっているが寄稿者によってテーマに沿っていたりいなかったりする。もっと統計や認知寄りの話かと思っていたら結構広範な内容だった。個人的には第二章が一番面白かった。

いくつかの寄稿について書く。

種の偶然

  • 進化の系統樹から種の分化が起こる原因を探る。
    • 分化の発生の分布は指数分布(待ち時間分布)に一致していた。
      • 後の章でこれと遂になる分布、ポアソン分布とボルトキエヴィッチの統計が出てくる。

驚くことだ——はたしてそうだろうか?

  • 選択的報告について。人は標本空間を小さく見積もりがちである。
  • F1で三人のレーサーのタイムが1/1000秒単位で一致した。あるいは、イスラエルの戦闘機パイロットの子供のうち84%が女性だった。これらは驚くべき偶然なのだろうか?
  • 100個のものを調べたら1つくらいは外れ値が出てもおかしくはない。問題なのは、最初に標本空間を固定して外れ値を探すのではなく、外れ値を見つけてから標本空間を設定してしまうこと。
  • あるいは、p値の問題もある。同じ実験を100人の研究者が別々に行う。すると誰かの実験は有意差が出てしまう。有意差のなかった研究は報告されないので実際にはp=0.05でも5つの論文が発表されてしまう。問題はその裏に発表されない95の研究があることだ。

気まぐれな類人猿

  • 競争者は互いに相手の動きを予測し、自分の動きを予測されないようにする。このような場面でランダム性は重要になる。
    • ESSでは混合戦略が取るにはランダム性が必要になる。
  • 人間はランダム性を作れるか。3つの実験。
    • 数をランダムに書き出す実験では真にランダムな数列を作れない。
    • 相手のコインの裏表を予測するゲームではコインは完全なランダムに近い順番で表と裏を出した(ブデスクとアムノンの実験)。
    • フィードバックがあると人はランダム列を作り出せるようになる(アレン・ノイリンガーの実験)
  • 以上の実験から、人にはランダム性を作る機能が備わっていて、それは競争的な場面等の限定された局面で発揮されるとしている。

面白かった記述

  • 宝くじでの利得の最大化。当たるくじはわからないが、誰とも被らないような数字を選ぶと山分けになるリスクが減る。誕生日効果で1~31が多く選ばれるのでこれを避けるといい(暗証番号でも似たような話があった気がする)。どちらにせよくじを買う時点で損ではある。

  • ブックメーカーでの裁定取引。できるんだ。

  • 秘書問題、あるいは、いつやめるべきか。選択肢の数を$e$で割った数までは断り、その後の中で一番いいものを選ぶと利得の期待値を最大化できる。へー。

  • 偶然発見されたものたち。電子レンジ、スクラロースバイアグラポストイットペニシリン、キニン、テフロン、ジャンスキーの発見、シスプラチン、……

  • 考えられるすべてのアイデアのリストアップ。実行可能なものから行う。実際的なアドバイスですね。

  • イアン・スチュアートの物理学に関する解釈はちょっと適当だった。ランダム性がカオス的なものと量子力学的なものに区別されるのはわかる。エルゴード仮説が熱力学に不可欠か、エンタングルは遠隔作用かといった問題はここで流されているほど単純ではない。例えばエンタングルについて言えるのはそれが非局所相関を持つということであって遠隔作用するということではないはず。

  • ランダム性と数学の定数($e, \pi$)について。ポアソン分布、二つの整数が互いに素である確率($\zeta(2)$)、ビュフォンの針にはこれらの定数が現れる。不思議だね。

  • 裁判における確率。確率論は人間が扱うには難しすぎる。裁判官が統計を理解する日は来るのか。裁判はただの紛争解決の手段であって正しさはどうでも良いというのはそうだけど……。

  • チャイティンの議論は難しくてわからなかった。これ一般書に載せる内容なんですか?

  • 非局所相関と因果律が成り立つ物理法則は量子論以外にもあるらしい。へー。

  • 確率共鳴

  • 第六章にAIについての記述がある。記述が古く思えるが、これはここ数年の機械学習の発展が著しかったということだろう。

  • 動物や狩猟採集民の行動範囲について。ブラウン運動ではなくレヴィフライトというパターンに従うらしい。

    「天然の食料源の多くはフラクタルパターンに従って分布しており、それを利用しようとするとどうしてもレヴィフライトのパターンで移動することになる」

    • 町の店の分布とかもこれに近いらしい。
    • レヴィ過程と関係あるのかな?→レヴィ過程に含まれるという記事を見つけた。
    • 冪乗則とも関係するらしい。というかレヴィ分布から来てるのか。
  • ベンフォードの法則統計学の教科書のコラムに載りがち。スケール不変性の帰結。

正直に言えば、生物学関係の話はよく分かっていない。全体的には読みやすくて面白い読み物だった。