あかいねじ

感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

パオロ・バチガルピ『神の水』感想

かつてそれは神の水と呼ばれた。中西部の平原に徐々に広がり、ロッキー山脈を越えて乾燥した土地に進出したアメリカの入植者たちは、そう呼んだ。

読んだ。

原題は"The Water Knife"。邦訳版のタイトルも好き。

あらすじ

終わりのない干魃によって人々が断絶された未来のアメリカ。一部の富裕層は循環型の環境完全都市、アーコロジーに住み、その他の人間はギャングが牛耳るスラム同然の荒廃した街に住む。住む場所すらない避難民たちは救援ポンプの周りにテントを建て、そこで難民として生き延びる、あるいは死ぬ。主人公のアンヘルはアーコロジーを維持する水利権を守るために汚れ仕事を行なうラスベガスの工作員。彼は指令を受けてフェニックスという町に向かうが、そこでは一つの水利権を巡って様々な陰謀が張り巡らされていた。物語は水工作員アンヘル、難民生活に喘ぐ少女マリア、フェニックスの悲惨な現状を記事にするジャーナリストのルーシーの三者の視点を移動しながら進んでいく。

まずルーシーの友人であるジェイミーが拷問された死体になって発見される。彼は何を知っていたのか。ルーシーとアンヘルは別々のルートからこの謎を辿り、中盤でそれがアメリカ先住民の水利権であるとわかる。歴史が古い権利ほど優先されるアメリカの水利権にあっては最上位に位置する権利だ。アンヘルの同僚であるフリオもラスベガスのライバルであるカリフォルニア州もこの水利権の物証を探すのだがどこにも見つからない。その文書は紆余曲折を経て本人も預かり知らぬところで難民のマリアの手に渡っていた。アンヘル達は州境を越えようとするマリアを追ってついに彼女と水利権の文書を見つけ出す。アンヘルはその文書をラスベガスに持ち帰って自分の身を守りたいのだが、ルーシーはその文書でフェニックスを助けられると考える。ルーシーが文書を手に入れるが、マリアがルーシーを撃って文書と交換に自身のアーコロジー移住を要求する。アンヘルはそれを承諾する。

感想

『渇きと偽り』の後に読むことになったがこれは偶然。設定の渇き度は本書が遥かに上だが体感の渇き度は向こうの方が上。とはいえ、特に干魃そのものをテーマにしている訳ではなさそう。水が枯渇するという設定もより一般に地球温暖化をはじめとした資源の有限性を考慮しない社会の仕組みに対する警鐘ととれる。でもなんだかんだ言って結構水は出てくる。ダム小説。

むしろ完全に治安の悪いメキシコ化したアメリカの都市の描写、容赦ないバイオレンスとセックスとグロテスクな死体が印象に残った。ノワール小説か〜?

自分はネズミだってことを思い出せ。姿勢を低くしてみつからないようにしろ。

全体的を通して人間、人類に対する諦観と皮肉が漂う。生存するための知恵は正義や正しさといったものを軽々と飛び越えていく。拷問シーンがその点をよく表している。拷問する側も、それを仕事として淡々と行うからこそ一層その残酷さが際立つ。もともと結構グロいけど。そもそも紙切れのためにバンバン人が殺されて、紙切れと関係ないところでもバタバタ人が死んでるんですよ。どうなってるんですか。バイオレンス小説?

「おたがいに大きな機会の小さな歯車にすぎない。そういうことだ。ときには機械の目的にしたがって回転する」

「これもおなじさ。役割をあたえられると、人はそうなる。それが人間だ」肩をすくめる。「人の行動をあやつるのは仕事だ。その逆ではない。人を州境に連れていき、難民を排除しろと言えば、彼は州境警備隊になる。州境の反対側に連れていけば、メリーペリー教徒のように慈悲をこい、頭の皮を剥がれ、それでも無抵抗になる。どちらも選んだ仕事じゃない。たまたま割りあてられただけだ——」

アーコロジーを流れ落ちる滝のように、暴力と支配の連鎖が延々と続く。ブルースが加速しそうな気配。このムードはラストシーンでシニシズムに極限まで漸近したあるリアリストの行動として顕現する。天使や聖人からとられたアンヘルやマリアといった名前を持つ登場人物達が、本当に聖人的行為を為そうとしたルーシーを挫くというのは皮肉。いいよね、こういうラスト。ペソアの「アナーキストの銀行家」と通じるものがある気がする。最近読んだから印象に残っているだけかも。

その他

  • 著者の名前が覚えにくい。逆に覚えやすい?
  • 繰り返し言及される本、『砂漠のキャデラック』。実際にアメリカで水資源が人口規模と釣り合っておらず、その人口を維持できないという問題を指摘した評論らしい。調べてみるとダムについての本っぽい。
  • 市場価格で水の値段決めてなかったのマジですか?そして市場価格を導入してもめちゃくちゃ簡単にアービトラージされてて笑っちゃった。
  • シカリオの歌は元ネタがありそうだが調べてもわからなかった。

あの女のことはぜんぶ歌になってる。本当はおれをたたえる物語歌になるはずだったのに、女をほめる歌になっちまってる。おれもことは二行くらいしか出てこない。

  • 日本の水資源も実際盤石ではない……という文章を英語の教科書で見た気がしたが、実際めちゃくちゃ雨も降るし渇水は滅多に起きてなさそう。もちろんこの小説で(そういうものがあるとして)問題とされているのはただの水問題ではなく、資源一般についてなのだし、気象異常で水がなくなるということも全くあり得る。

  • 裏表紙の、一部の富裕層が水供給をコントロールしていた、って嘘じゃないけど、読んでみた感触としては上から下までみんな大変ですね、という感じだった。みんな生きるために大変ですね。

  • マッドマックス 怒りのデス・ロード』を思い出した。設定だけ聞いたらちょっと思うよね?