あかいねじ

感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

ジェイン・ハーパー『渇きと偽り』感想

"干魃"ということばを聞かされてもただうなずくだけで、この川が干上がっていることにどうして思い至らなかったのか。〔…〕巨大な傷のなかに一人立たされたフォークは、両手に顔をうずめ、一度だけ叫んだ。

読んだ。

ジェイン・ハーパー。ジョーダン・ハーパー。特に関係はない。だいたい住んでる国が違うし。蠅の描写から始まり、常に気温の高さを感じさせてくる。この気温がすごいベスト小説。

かなり面白かった。読んでいて気持ちいい。リーダビリティにあふれている。これでデビュー作なんですか?創作教室で学んだらしい。たしかに技術が使われてるなーという感じは全体を通してある。内容は汚い『スタンド・バイ・ミー』と王道の本格警察ミステリを組み合わせて田舎の真ん中に据えた感じ。違うか。

ミステリの軸はそうだけど、バラバラになっていく仲良し四人組とかほとんど狂気じみた閉鎖的村社会、そういった叙情的な軸もゆるがせにしない。

原題は"THE DRY"。そのものずばり「渇き」。最初の数ページでのキエワラの描写がそのままタイトルを表している。逆もまた然り。つまり渇きとはキエワラという田舎町そのものであり、この田舎町こそが物語の主人公である。未来がなく、誰もが誰ものことを知っている共同体。干魃によって何もかもがおしまいになっているおしまいの町。

「干魃です。この町はそのせいで滅びかけている」

あらすじと感想

物語は連邦警察官のフォークが友人ルークの葬儀のために故郷に戻ってくるところから始まる。現在で起こったルークの一家心中の謎が過去、友人だったエリーの溺死の謎を呼び起こす。この二つはつながっているのか。フォークは事件をめぐり、自分の過去と対峙する。

フォークとキエワラに着任したばかりの巡査部長レイコーの警察タッグによる正統派フーダニット。牛丼屋に行って牛丼が出てくる安心感に似ている。読みたいものが読めるって嬉しいなあ。物語の方の完成度も高い。荒廃した不毛な田舎の諦観と偏見と狂気をバックグラウンドに捜査は進む。

「この町。この腐りきって滅びかけた町」

フーダニットは決定的な情報が最後に出されるのでちょっとフェアじゃないと感じたが、伏線はちゃんと張られてたのでこれは負け惜しみ。意外性の強い犯人は好印象なのでグリフィンドールに10点。とにかく気温がすごいことが全ての元凶で、クライマックスなんかは「こうやってつながるのか!」となった。確かにたまにニュースになるよね。

銃の千倍もたちが悪い。

もう一つの青春仲良し四人組の絶頂と崩壊、主に崩壊だが、この筋もよかった。仲良し四人組は仲良し四人組だったのか。仲良しなんだけど、四人というのは一、二、たくさんでいえばたくさんに属するのでその内部というものがあり、微妙な力学が生じてくる。ある一面しか見ないために、友人というのが一個の人間であることを忘れてしまう。そういう機微が描写されている。愛はよく文学のテーマになるが、ことが友情となるとそうでもない感じがしてくる。友人関係というのは面白い題材だと思うんだけどなあ。どうなんだろうか。

最後となる握手を交わしたフォークは、なぜ自分たちは今でも友達でいるのだろうと改めて思い、真剣にその理由を記憶のなかに探していた。

とにかく伏線がすごく、すごい。回想という形で短い一場面を挟む文体が最後になって犯行の瞬間につながっていくシーンとか。一人称視点なせいですれ違いが起こっていたりすると「ああ〜!」って気持ちになる。

追い詰められた人間の醜さみたいなものが一貫したテーマとして存在していて、それがストレスであったり妄執であったり自責であったり単純な外部の危険であったりするが、そこで人間がとる行動とはどんなものか、見せつけられる。

具体的に言って、借金に追い詰められた人間は横領を行えるし、横領がばれそうになったら殺人者になれる。ただの噂話だけで他人の尊厳を貶めることができる。自分が下らない理由で友人に手を差し伸べなかった事実から目を逸らすために嘘の記憶を信じることができる。そして、子供を殺しながら、子供を愛していたと言う。

ただ、最後に読者にだけ明かされる真実があって、おそらく作中で唯一、追い詰められても希望を失わなかったある人物の描写がなされる。この物語という灼熱地獄の中を一陣の冷たい風となって吹き抜けるラストが快い。

日は沈み、夜の帳がおりつつある。ユーカリの木の上で、星が明るく光っている。不安はなかった。道はわかっている。キエワラに歩いて戻る途中、冷たい風が吹いた。

その他

  • これ、最後の描写も見ようによってはかなり救いがなく、エリーが死んで、主人公も父親も人生を壊されたのこのせいじゃん!となる。最初はかなりやるせないエンドだと思った。

  • 読者にだけ明かされる真実があると同時に、主人公にだけが読んだ手記もあって、主人公も同じ結論に辿りついたからこのラストなんだろう。

    • ここ、やっぱりよくわかんないので追記。主人公はリュックサックを見つけて、計画も読んだだろうから自殺ではなく逃亡することにしたことを知っているはず。それでも全てを受容する(父親、またその関係、友人関係、孤独な生活、ガールフレンドの死、その全ての元凶が存在したことを受け入れたってことですか?)
  • p.249の

    頭ではなく良心が痛んだんだ

    って逆じゃない?

  • 最後の見せ場への持って行き方がちょっと強引で笑った。

  • 終始マルとグラントがプロットを動かすための典型的な悪役として描かれていたのがちょっと不満か。そこはきっちり田舎で詰めて欲しかった。田舎だと人間関係が密になるから性格破綻者の存在が大きくなるというのはそうかもしれない。

  • 犯人の家族はどうなるんだろうか(蛇足)。