澁澤龍彦『魔法のランプ』感想
これを完全に成熟した、高貴な金属にまで成長させてやらねばならぬ。そのために手を貸してやらねばならぬ。これが錬金術の目的である、と。
読んだ。
知識量がすごい。文章がうまい。博覧強記の人、澁澤龍彦。そのエッセー集。錬金術や宝石についてのエッセーに始まり、日記であったり、書評や映画評論であったりと雑多な書き物が寄せ集まって一つの本になっている。
錬金術夜話
金属の領域における自然の唯一の目的は黄金製造という思想、「Noita」(そういうローグライクゲームがあります)っぽい。
錬金術には物質的な側面と精神的な側面があるという。
- 錬金術というと化学の前身というイメージがあったが、それは正しくないらしい。錬金術は成長で物事を捉えている点でむしろ植物学に近いという。
- ディオスコリデス、ゲーベル、ラゼス、アルベルトゥス・マグヌス、ラモン・ルル、アルノー・ド・ヴィルヌーヴ、パラケルスス、バジリウス・ヴァレンティヌス、リバヴィウス、グラウバー、……
- 錬金術における多くの(偶然の)発見。どれも初めて見る名前です。
その他
- クレタ島の蝸牛。生き物持ち込んじゃ、ダメだろ!この時代は防疫がちゃんとしてなかったのかな?と思ったけど蝸牛って動物検疫の対象外っぽい。ほんと?
書評とか映画評は私のような人間にはよくわからなかった。文学となるとからきしで、何も分からない。「回転する円」と「中心のシンボリズム」。ははあ。「昆虫のような美しさ」。うーん。色々な審美眼を持った人なのだということは分かったが、それは私には少しも備わってないのが悲しい。このあたりが、私が純文学を読めない理由だと思う。
ミステリとSFについても少しだけ書かれていた。推理小説に耽溺するのは一種の中毒だとか、SFは詩と形而上学に突き抜ける穴が必要だとか書かれている。分かるような、分からないような。哲学小説の進化したものが見たいらしい。ピエール・ルイス。マルセル・シュオッブ。調べてみよう。
コクトーの文体について。複雑なことを単純に言う。するとスピード感が生ずる。そういう文体。
ところどころに現れる、オブジェという言葉について。オブジェ。オブジェ感覚。初めて見た概念で、今までそう言ったものに注意を払ったことがなかった。作品を鑑賞するときに新しい軸ができたようで嬉しい。