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スティーヴ・ハミルトン『解錠師』感想

金庫にふれるときは、それを女だと思え。ぜったいにそれを忘れるな。

読んだ。

クライム・サスペンス小説と銘打たれて早川のミステリから出版されてはいるものの、実質はジュブナイル小説

物語は刑務所から始まり、過去を回想する形で語られる。啞の少年、マイケルの半生をめぐるこの話はマイケルが解錠師(Lock artist)になる前後の二つのパートからなり、各パートが交互に語られる。犯罪者たちに一目置かれ、芸術的な解錠を行うマイケル。彼はなぜ金庫破りになったのか。

感想

  • 犯罪パートでは金庫破りの名手としてのマイケルの姿がかっこいい。一秒でも早く金庫を開けなければならない状況での職人技と心理が細部まで描かれている。
  • 青春パートではほんの些細な出来事をきっかけにしてマイケルが犯罪者組織に転落していく。ポール・オースターの『偶然の音楽』を連想した。人生という奇妙なもの、偶然に左右されてクルクルとその向きを変えるもの。全てが偶然のせいというわけではなく、よく考えないでプライドのために錠前破りの技を見せつけたり、重要な場面でも人に流されて自分では決断をしなかったりとマイケル自身の非もある。少し教訓的。転落のきっかけが全くの赤の他人からもたらされることや、この一度きりの出来事だけで唯一の友人と疎遠になってしまうというのは、人生の儘ならなさを感じる。
  • 一方でヒロインたるアメリアの登場は唐突だった。いきなり現れていきなり恋に落ちる。最後の救いのために必要だったのだろうが、やや不自然に感じた。同級生や友人もプロット上の役割があったのは同じだが、こちらは上手く組み込まれていただけに惜しい。
  • 解錠は同じことの繰り返しだが、著者の取材したディティールと巧みな心理描写が迫力を与えている。船の上、クライマックスの金庫破りがこの職人技でなかったのは少し残念。ちなみに今どきの電子錠はちゃんと指紋対策がなされていて、入力の度に数字の配置が変わったりする。
  • よく出来たジュブナイル小説といった感じ。中学生の時に読みたかったが、ハヤカワミステリが置いてある中学校は果たして存在するのか(自分で買えば良いのでは)。