あかいねじ

感想を書く。SF、ミステリ、それ以外について。

ケン・リュウ『生まれ変わり』感想

目をつむっていたが、兵士たちの顔に浮かんでいた無慈悲な表情や、母親の顔があったところの血まみれの軟塊、赤ん坊の潰れた小さな体、その体から踏み潰された命をまだ見ることができた。

読んだ。

ケン・リュウ三作目。20篇と量は多いが質の方は1、2作目の方が良いと感じた。

生まれ変わり

自己の連続性と責任について。自己は分割し得るか。罪を憎んで人を憎まずが技術的に実現したらどうなるか?トウニン人の倫理の正しさがグロテスクに爆発する。

個人的には責任といえば自由意志みたいな話が好きなのだが、この短編は面白かった。自由意志はかなり手垢がついた話なのでケン・リュウみたいに新しい作家だと扱ってくれない。悲しい。

介護士

トルコ人人形をモチーフとして格差と搾取を描く。ケン・リュウらしい。

ランニング・シューズ

これも格差。女工が靴になるのはトムとジェリーを連想した。グロい。

化学調味料ゴーレム

相対論を駆使する神とその新米信者のドタバタコメディ。

ホモ・フローレシエンシス

パターナリズム。「あなたのために」はどのような行為を正当化する、あるいはしないのか。

訪問者

見られていると悪いことはできない。一方で、今作のように単純に悪事を止めることが良い結果に繋がるか分からない。 そこには"合理的に"悪事が行われる構造があり、存在する悪事は、存在しない、より悪い悪事よりもマシかもしれない。 この論点は最後の「ビザンチン・エンパシー」で扱っている。

悪疫

パターナリズム。福祉に支えられた富裕層は適応できないという皮肉(これが皮肉かは微妙なところだと思う。自然淘汰は道徳的には避けたいだろう)。

生きている本の起源に関する、短くて不確かだが本当の話

Stories made for you

ペレの住人

異なるタイムスケールに生きる鉱物生命。国に所属するという部族意識を地球の生命であるという部族意識と重ねている。

「揺り籠からの特報:隠遁者--マサチューセッツ海での四十八時間」

自然に対するパターナリズム。単に、自然、と言った時、それは煮えたぎる原始惑星や、スノーボールアースを指すことはない。恣意的に現在の自然を至上の自然であるとみなす。

七度の誕生日

繰り返される失敗。遠い遠い未来を含め、8つの章から成る。7は絶滅期の回数とかけているのかと思ったら絶滅期って五回なんすね。知りませんでした。でも六回という説もあるらしい。人類が絶滅し、ポストヒューマンが現れることを七回目の誕生(n回目の絶滅の後はn+1回目の誕生が起こる)と呼んでいるのか。苦しいかな。

探したら『6度目の大絶滅』という本があった。これを読むしかない。

数えられるもの

アスペルガーの子。無限の濃度をモチーフにしている。原題は"The countable"で、無限の濃度の一つである、可算(可算無限)を指している。有理数無理数、稠密性と連続性の違いと、世の中に無数にある、全く理の通らない(と思える)ことを重ねている。

デカルト平面に楕円曲線を描く何らかの多項式の解になることはできない」は間違いだと思う。この後の「整数係数の代数方程式の解になりえない」が正確。意味は伝わるけど。

「充分な時間があれば空白が有理数で埋められるだろう。線が一枚の絵を完成するだろう」とあるが、空白が埋まらないのはそうでも、可算無限でも無限は無限なので完成することはないのでは?そこまで意図した表現かもしれない。

カルタゴの薔薇

人格のアップロード。ケン・リュウ同じみのデータセンター=世界の図式とはちょっと違う(後でそれも出てくるが)。 電子化された人格を技術・資産として扱うことを問題にしている。グレッグ・イーガン『ゼンデギ』に近い。 人格流用アルゴリズムを作るロゴリズムズ社はこの後の「神々は〜」でも出てくる。でもロゴリズムス社になってる。

神々は〜シリーズ

三連作。デジタル人間の戦い。NP-完成はNP-完全(NP-complete)の誤訳か。 NP完全はそれが解ければ任意のNP問題が多項式時間で決定的に解ける(任意のNP問題から多項式時間帰着可能な)問題のクラス。

闇に響くこだま

エコー探知ワンアイデア。途中に挿入される図が完全に小説のそれではない。これお話になってるか?という挑戦作。

ゴースト・デイズ

歴史、生きた痕跡、あるいは時間軸に対する帝国主義。最後のは私の僻み。そんなに何か残したいですか?

隠娘

誘拐された私が最強暗殺者になって民を守る〜盗まれた人生を取り返そうとしてももう遅い〜。なんか元ネタがあるらしい。

ビザンチン・エンパシー

ブロックチェーン技術による援助配分の取り決め。共感と理性の対立。理性は感情を道具として用いるが、感情が理性を利用することは出来ない。

この中では「ビザンチン・エンパシー」が一番面白かった。あるいは「生まれ変わり」。他はつまらなくはないけど物足りなかったかなあ。いろんな意味でグロテスクな描写が多かったように思った。『紙の動物園』や『母の記憶に』の方が好きかな。慣れてしまったのかもしれない。