グレッグ・イーガン『プランク・ダイヴ』感想
「ボードレールはそうやって発狂しました。でも私がここへ来た目的は、物理学です」
読んだ。ハードSFだが、その中でもソフトな方からハードな順番に並んでいる。
クリスタルの夜
- シミュレーションされた世界、ただし数百万倍速で。
自然淘汰と進化を人為的に模造して、進化した種族を従える。筋書きから予想される通りのオチが予想できないようなSF(サイエンス・フィクション)によって為される。
- 桁違いの計算能力、そこからイノベーションを生み出すには?
- 生殖が取り上げられた場面では、進化と逆の適応障害が起こっている。体は分かっていても感情、文化は慣性に従おうとする。
- 自分よりも何百倍万倍を速く思考する種族をどう利用するのか。それと同速度のソフトウェア(明示されていないが、それ自身は静的か、殆ど決定論的に動く、従来のもの)で監視するが……。
「あなたはご自身で設定した課題に対して、あまりに準備不足だったように思われます。要求を完全に満たすマシンができるまであなたが待っていたなら、わたしたちの生はこんなにも辛いものにはなっていなかったでしょう。」
- まじでそれな。
- 最終的にファイト達は与えられた物理実験装置を使って一つの世界を作り、逃亡した。
- 能力が未知数な相手を必ず拘束できるような首輪はないだろう。
- 「ユージーン」と似ている。
- 能力が未知数な相手を必ず拘束できるような首輪はないだろう。
蟹(ファイト)で笑った。ファイトクラブじゃん。
- 弥勒菩薩が56億7千万年遠い未来に訪れるのはこの世界が弥勒菩薩の作ったクリスタルだからかもしれない。
シミュレートされた生命の倫理が問題になっている。
- 意識をもたないデジタルな生命(実際のところ、100%計算でできている)の世界を終了するのは?
- 淘汰圧が倫理的(従ってその種に害がない)なら、それは淘汰圧たりえない。自然淘汰を用いた進化を促すならその類の残酷さはむしろ推進力ですらある。自然淘汰を技術の進歩のため、他の種に強制することは正しいのか?(あるいは子供を生んで自然淘汰に引きずり込むのは?)
- ダニエルは死、それに対する「悲しみ」が現れた時点で死を無くした。これは適切なラインか?
- 死を追いやる代わりに生殖を召し取る。これは妥当に思える。
- 実際のところ、1万円が得られる代わりにチベットが物理的に消滅したり、あるいは自分の全財産をUNHCRに送るボタンがあっても、押す人は少ないだろう(少なくとも後者のボタンは既にありそうだが、押している人はいるのだろうか?自殺者とか?)
『ゼンデギ』でもテーマとなった、奴隷としての人工知能。肉体のない人格、痛覚のない苦しみ、彼らは人間の倫理で扱える存在か?しかし、資本主義の至上命題は生命が誕生したころから変わらない利益の最大化であり、市場には資本家が奴隷で占めさせたいポジションがたくさんある。休みなし、人権なし、労働組合なし。理想的な被雇用者。
cf. 水晶の夜
エキストラ
クローンを作って好きな体に乗り換えていく富豪。
- それだけでなく、クローンを物と同等に扱う。
- クローンは脳損傷を受けていて、人権がないらしい。
- 人権が何に与えられるか。つまり、何が人間かの判断は難しいよね。どんな馬鹿でも体を全部露出したら立派な人間だ。
- クローンは脳損傷を受けていて、人権がないらしい。
- オチでは脳移植の人間のガワの方がダニエル・グレイとしての人格を認識している。
- しかし脳の損傷によりそれを伝えることはできない。し、どうも適応している、つまり、能損傷は本人にとっても優しいことを示すラストで終わる。
- 生き延びる限り、脳移植の度にダニエルは死を経験する個体を生み出す。これが延命なのか、それとも新手の拷問なのか微妙だよね、という因果応報的オチ。
- しかし脳の損傷によりそれを伝えることはできない。し、どうも適応している、つまり、能損傷は本人にとっても優しいことを示すラストで終わる。
- それだけでなく、クローンを物と同等に扱う。
人格は脳の一部にだけ宿るもんじゃないよね、という話。
- 実際脳以外の神経系も何かしら計算はしているらしいし、人格の大部分が脳に拠るとしても、あんまり無視できないのかもしれない。大体、人格の仕組みも分からんしね。
暗黒整数
- 暗黒整数:造語。巨大数のこと。それは long int を超え、long long int を超える、dark int。4096ビット整数。デカすぎんだろ。でも十分小さくない?たかが24096ですよね(?)。実際巨大数ってどう言う数のこと言うんですか?
- 数学公理系政治外交バトル。
グローリー
- 滅びた求道者の種族の数学的遺産を探しに行く話。
- タイトルは後光と栄光の二つの意味を持つ。
- 重力レンズが主要な道具立ての一つとして使われている。
- クローンの一見不思議な精神性。バックアップがあることで、そのクローンの生命よりもそのクローンが使命を果たすことに重きを置く。これがクローン当事者の論理として現れる。
- 「エキストラ」のクローンをより(楽観的な方向に)進展させたアイデア。
- ここから三作は宇宙をハビタブルゾーンにした上で連帯(あるいは文化的に分化して)いる、ちょっとした用事で別の惑星に向かえる程の高度な文明が出てくる。
ワンの絨毯
物理世界を重んじる伝統派が「ディアスポラ計画」によって生命探査に向かう。
- クローンになった時点で矢印が分岐する。本人の視点でもこの分岐は分からず、チャイムによって知らされる。
- 自己同一性から自分は一本道であるはずなのに、振り返ると分岐はもう過ぎている。全て本物だ。このアイデアは言われると確かに〜となる。
- ワンの絨毯に遭遇する。
- リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』の進化の最初期に対する想像みたいな描写。
- 議論パートは……。宇宙まで行っても部族意識は残っているというのは希望がないね。
- トランスヒューマンらしさも散りばめられている。
- ワンのタイルを調べた。へー。ドミノの亜種らしい。チューリング完全性の証明は分かんないです。
- ワンの絨毯はそれ自体の計算で高次元空間からなる宇宙をつくりそこには意識を持った生物がいる、というツイスト。
- じゃあ物理世界に拘らずに唯我論を弄ってればよかったの?となるが、まあ両方で、と言うオチ。
- クローンになった時点で矢印が分岐する。本人の視点でもこの分岐は分からず、チャイムによって知らされる。
『万物理論』でも大活躍した人間原理主義が出てきた。あんまりこのモチーフは好きじゃない。意味を見出すってなんだよ。「電磁気の意味」はいつ見出されるのだろう。電荷が生まれたとき?自発的対称性の破れから(巨視的な)磁力が発生したとき?稲光を見たとき?マクスウェル方程式を頭に思い浮かべたとき?それを黒板に書いたときだろうか?唯我論が認められるのは、我々が認識することは我々が認識したことだけだという意味でだと思う。
プランク・ダイヴ
- ブラックホール内部の物理を見つけに行く人たち。かなり面白い。
- 当然帰還できない。例によってクローンではあるが、今度はバックアップに何の情報も送れない、純粋に死にゆくクローンの(正確にはそれを承知した基となる人格の)知的好奇心が動機となっている。究極の科学。
- ブラックホールの重力圏があらゆるものをその内側から逃さない性質と、ある種の思想文化は別の思想に対して閉じているために逃げ出せないという性質が重なり合う。
伝播
- 訳者解説を読んで確かに〜となった。自分で気付きたい。
どの話も面白かった。「クリスタルの夜」「グローリー」「プランク・ダイヴ」が個人的なお気に入り。